第三十四話「返り討ちと大翼の竜魔」
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支城跡地での評議は長引くも、ようやく結論に達しつつあった。
これも温厚な奥方の人柄のおかげだ。
「では、コハルさんはユキノジョウ殿の無実を証明するために協力するということでいいのね」
「無理やり連れ去ってきて協力も何もあったもんじゃあないが、けど、濡れ衣を晴らすことができればそれが一番ってもんだよ」
コハルは物事を白黒はっきりつけたい性分らしい。肝の座り方は博徒の親分の娘だからか。
「けれど、もし濡れ衣でなかったその時は、ふたりの決闘を見届けなければならないわ」
「……そんくらいわかってるよ」
もし目前で想い人を討ち果たされたとしたら。
気丈に振る舞ってみせるコハルの素振りにもやはり、そうした憂いが見え隠れしていた。
「返り討ちよ! ユキノジョウ様ならきっと返り討ちになさってくださるわ!」
「そうね、仇討ちは返り討ちにすることが認められているものね……」
雪代ノ奥方はもしや想像してしまったのだろうか。
ご自分が哀れ、仇討ちの末にあっけなく返り討ちにされてしまうさまを。
そうでなくては、奥方の青ざめた情けない表情は説明がつかない。
「手出しは無用、やるならふたりっきりでいいんだよな」
「……この方達は善意の協力者ですが、助太刀を届け出ているわけではございません」
シノが淡々と答える。
「真偽は言葉にて。命運は血潮にて決しましょう」
もしもユキノジョウが無実ならば、という可能性を考慮するのは奥方の斬られ間違いのおかげか。
これでコハルに協力してもらい、ユキノジョウを山城から誘い出せれば事は済む。
(変化の巻物、使わずともよかったみたいだな……)
高価な巻物を無駄遣いしてしまったことをウコンは悔いる。後の祭りだ。
その時だ。
侵入者を告げるための罠、鳴子がカランカランと鳴り響いた。
「奥方様! 敵襲です!」
そう叫んだ次の瞬間、轟音を立ててバキバキと廃屋の屋根が崩れ出したではないか。
竜魔だ。
それも山城の空舞う竜魔をさらに一回り大きくしたような竜魔だ。本命やもしれない。
『クォォォォォオーーーーンッ!!』
甲高い鳴き声をあげる大翼の竜魔。
鷹や鷲に似た巨大な嘴を使い、それは玉子の殻でも破るようにいとも容易く、老朽化しているとはいえ瓦屋根を砕いて、食い破って、屋内への進入路を作る。
そしてその大きな脚が鷲掴みにしたのは、まさかのウコンであった。
「んなっ!?」
ウコンが小柄とはいえ、巨鳥竜は軽々と肢体を掴んだままあっという間に飛び去っていく。
「んぎゃ!」
と崩落してきた天井に潰されかける奥方が見えた。
「どっせいーい!」
重たい瓦礫を払い除け、どうにか奥方は無事の様子だ。こればかりは白虎族の怪力に感謝したい。
しかし他の面々はどうなったのか、舞い上がる土煙もあって判然としなかった。
だがサコンの居合わせた以上、コハルやシノはきっと無事だろう。
「ウコン! 今助けます!」
奥方は二振りの上玉竜馬刀の片割れ、鬼切真夜綱を抜いては宣言する。
戦いにおいてはためらい、迷いがちな奥方にしては稀なことに、その決断は迅速だった。
「正真正銘――『鬼切真夜綱』」
異能の開放、竜魔の魂との共鳴。
小太刀の切っ先をかざせば、それに従って黒白の虎綱が土煙を切り裂いて天へと伸びた。
虎綱は獰猛な白蛇のように空を這い、大翼の竜魔を捕縛せんとする。
それは見事に竜魔の翼へ絡みつき、奥方はそのまま馬鹿力で地面へと引きずり降ろそうとした。
するり。
虎綱が、あっけなく外れた。
「なに!?」
否、大翼の竜魔はまるごと夢幻のように消え失せてしまったのだ。
ウコンもまた脚爪による束縛が解け、空中に放り出されるが、それはものの数秒のことだった。
再び、大翼の竜魔は現出したかと思えば、あざやかにウコンの肢体を鷲掴みにしたのだ。
「何なんだ、こいつは……!」
不可思議な現象を「狐につままれたようだ」と俗に言う。
黒狐のウコンは今、まさに「狐につままれた狐」の気分だった。変幻自在にあらわれては消えた竜魔の巨体は、まさに忍術顔負けの芸当だった。
(そうか、まさかこいつは――!)
大翼の竜魔は谷風に乗って、虎綱の白蛇をかろやかにかわして支城跡地を飛び去っていく。
向かう先は――魔境の中核、竜魔の巣食う山城だ。
「ウコン! 私が助けに参ります! 必ずや!!」
奥方の必死の大声さえもぐんぐんと遠ざかっていき、ウコンは完全に連れ去られてしまった。
誘拐に次ぐ誘拐。
岩炭コハルを連れ去ってきたかとおもえば、今度はウコンが連れ去られてしまう。
しかし今現在、ウコンが“変化”によって岩炭コハルに化けていることを踏まえると話は早い。
(こいつが、ユキノジョウ――!)
大翼の竜魔は舞い降りてゆく。
決戦の地、魔境の山城へ。
毎度お読みいただきありがとうございます。
仇討ちにおける「返り討ち」は復讐される側の権利として認められていました。
もし仇討ちによって襲われて、討手を殺めてしまっても罪には問われなかったのです。
また仇討ちは一度きり。
討手と仇、どちらが生き残るにせよ、さらなる仇討ちは認められませんでした。
武士ならば武士らしく武芸にて白黒つけよう、というわけです。
いわゆる復讐もののおはなしには「復讐の連鎖」といったテーマがしばしば見受けられますが、法制度化された仇討ちは決闘によって復讐の連鎖を断つ仕組みも備えていたのです。
ひきつづき、今後ともよろしくおねがいいたします。