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第三十一話「恋仲と紅酒左文字」

 山城に何者かが潜んでいる、ということは確実となった。

 問題は、いよいよもって難攻不落の山城に侵入せねばならぬやもしれぬということだ。


 支城の跡地に陣取っている奥方一行は、まず入念な作戦を練ることになった。


「すぴー、すぴー」


 食べてすぐまた横になって寝はじめた奥方を除いて、ウコンサコンシノの三人で。


(これから仇討ちの大勝負というのに、あどけない寝顔でいらっしゃる……)


 しかしながら奥方は戦いとなれば一番の頼みになる。なるべく体力を温存しておくのは合理的だ。


「ねーおシノさん、ユキノジョウは上玉竜魔刀を所持しているんだったよねー」


「ええ、彼は“変化”の力を握っております」


 サコンの問いに答えたシノは、神妙な面持ちで語る。


「刀の名を“紅酒左文字”(べにじゃけさもんじ)といい、変幻自在の異能を有します。念ずれば刀はたちどころに槍にも斧にも化け、担い手もまた他人そっくりに化けられる、と。これまでの五年、私から逃げ切ってきた最大の理由が紅酒左文字です」


「それは、危険極まりない……。悪用しようと企めば、いかようにも使えるじゃないか」


「紅酒左文字の変化にはしかし、限度があります。他の竜魔刀がそうであるように、異能を操るのは心身に負担が大きい。一時的な変化はできても、たとえば一日中だれかになりすますような行いはできかねます。でも、山城を出入りするため翼竜に化け仲間のフリをするくらい造作もないかと」


「忍者顔負けの七変化、か。しかしシノ殿、ユキノジョウ本人のことにはあまり詳しくないというのに、紅酒左文字についてはよく知っているようだが……」


「……紅酒左文字は、当黒川家の家宝です」


 黒川シノは重苦しげに言葉する。


「仇敵ユキノジョウの首を刎ね、先祖伝来の竜魔刀を無事に取り戻す。それこそが悲願……」


 暗澹たる空気が場を包んだ。

 竜魔刀、とりわけ上玉竜魔刀がいかに強大で得難いかは先の一件でもウコンはよく理解している。黒川シノの夫は、竜魔刀を奪うためにユキノジョウに殺されたのだろう。竜魔から人の命を守りうる強力な武器がために、人と人が争い、殺し合うとはなんて冷笑的な話だろうか。


「で、どーするどーする? 山城どーする?」


「そうさなぁ……」


 ウコンは考え込んでみる。幾通りか思案してみても、紅酒左文字の“変化”の対応力には詰めの一手が見つからないのだ。


 例えば、何らかの手段で山城に無事侵入できたとしても、逃げの一手で翼竜にでも化けて山城を脱出されてしまえば今度はこちらが竜魔の巣の中に取り残されてしまう。また、城外に出てきたところを待ち伏せして襲いかかっても同様に、野外では逃げ放題だろう。


「こうしてみると“逃げる”相手とは非常に厄介だな」


「逃げ隠れはあたしら忍びの専売とはいかないわけだねー」


「せめて、彼奴の弱点がわかればな……」


「弱点はわかりきってるよ、水と食料さ」


 サコンは悪巧み顔でにやけている。


 この狡猾な女狐は、卑怯千万をいとわない。長年の付き合いになるが、表向きの生業に薬売りを選んでいるのだって怪しげな毒や薬を携行するのに都合がいいからだ。食事の依存度から言っても、もし一服盛られたら抗いようもない。


 じゃあなぜサコンの作る飯を平然と食えるかといえば、いつも美味しいのと、サコンもいっしょに食べるのと、そもそもがウコンは己がいつ死のうと構わない程度に考えているおかげだ。これまで何の展望もなく生きてこれたので、その日その日よりよく過ごせたならまずは良いのである。


 実際のとこ、ウコンは毒を盛られるどころか食あたりして看病されたことしかないが――。


「ユキノジョウは確かに、飲まず食わずで動きつづける竜魔のような化け物ではない。実際、水源を求めて山城の外に出てくる確証は得られたのだから狙い所だろう。しかしまさか古井戸に毒でも仕込むとは言わないだろうな」


「ないない! 湯呑一杯に痺れ薬を盛ることは容易くても、井戸水まるごとなんて薬代だけで何十両と大金がいるよ! 砂糖をひとつまみ舌でなめれば甘いけど、湯船にひとつまみ砂糖を入れたって砂糖風呂には程遠いのさ」


「うーむ……」


「よく考えてみなよ、水は出どころがわかったけど食料はそうじゃないだろう?」


「……あ!」


 サコンは得意げに狐ひげを撫ぜた。


「ユキノジョウの籠城にはせっせと食料を届けてくれる協力者が居たってことを、ばっちり足跡や匂い、それに“下調べ”で掴んでいるんだよねー」


「もったいぶらずにいいから教えろ、アホ狐」


「へーいへい」


 サコンは不真面目そうに振る舞うが、情報収集担当としてやることをきちんとやっているのだからウコンとしても態度以外の不満はなかった。


「協力者ってーのは博徒の親分の一人娘、コハルさ」


「岩炭組の一人娘……? そいつが食料を届ける? ユキノジョウに? なぜだ?」


 不思議がるウコン。

 一方、シノは「やはり」と口にして憂鬱げなため息をついた。


「ユキノジョウは岩波組の一人娘と恋仲である、ということです、ウコンさん」


「……はーはーなるほどなるほど、いや、まて、なんだって!?」


 恋仲。

 五年間の逃亡生活のうち、一年間を博徒たちに匿われているうちに組頭の娘と懇意になった。


 しかし現状、ユキノジョウは博徒から逃げて籠城している。両者の間柄はとても悪い。ということは、どう考えてもふたりの恋路は歓迎されていないわけで。


「岩炭組とユキノジョウの喧嘩割れの原因はコハルとの恋仲ってことでいいのか……?」


「恩を仇で返しやがって! うちの娘はやらん! ってなところだろうね」


「そのコハル嬢がこっそり食料を届けている、問題はどう“弱点”として利用するかですね」


 シノは冷ややかに言葉する。

 それはウコンには少々戸惑うところだった。好き合っている男女の悲恋を、父親に反対されてまで慕っている相手をこれから殺されるコハルという女に、ウコンはつい哀れみを感じてしまった。


「まさか、人質にでも取るのか……?」


 ウコンは、シノとサコンを見やった。


「必要とあらば」


「だね、てってもこっちだって余計な恨みを買うほどバカじゃあないよ」


「では、どうするので?」


「まず本物のコハルを捕まえる。そして落ち合う時間と場所を聞き出して、忍術で化けてコハルのフリをして近づき、仕留めるのさ」


「なっ……」


 サコンは将棋の良い手をひらめいたかのような調子で、にやりと笑った。

 ウコンは自らの相棒の恐ろしさに肝を冷やすと共に、感心もしてしまった。忍者としての資質は、やはりサコンの方が勝る。


「紅酒左文字ある限りは、不意打ちでなければ取り逃がします。それで参りましょう」


「いささか卑怯が過ぎやしないか……?」


「五年もの歳月、裁きを受けず逃げ回ってきた男に掛ける情けなどございましょうや」


 シノの言葉は白刃めいて重く冷たかった。

 もし、ウコンが同じ立場ならば、確かに四の五の言う段階ではない。人一人を殺めるのだ。


 つくづく、ウコンは己が気楽というか、考えが浅いということを思い知らされる。


「あたし達は先にコハルを捕まえるために山中で待ち伏せする。ウコンは奥方とここで待ってて」


「わかったが、なるべく乱暴はするなよ」


「へーいへい」


「では、吉報をお待ちください」


 シノとサコンは見送って、ウコンは支城で待つことにした。

 くぅくぅと寝息を立てている奥方とふたりきりのウコンは、食後ということもあって、やがて眠りに落ちてしまった。

 念の為に、侵入者を知らせるための鳴子という罠を仕掛けた上で、だ。

いつもお読みくださりありがとうございます。

上玉竜魔刀「紅酒左文字」は「変化」の異能を有する強力な刀とのこと。

一方、ウコン達には奥方の有する「鬼切真夜綱」ともう一振りの上玉があるものの、奥方は人に向けて使うことに強いためらいがある様子……。

待て、次回!

ひきつづき、今後ともよろしくおねがいいたします。

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