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ケモ奥方は仇討ちをあきらめたい ~ぐーたら忍者と最強武家一族の未亡人が往く復讐のんびり旅行記~  作者: シロクマ
第二章 蝙蝠と湯治場

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第二十九話「山城と翼竜」

 魔境を魔境たらしめるのは“遺竜品”だとされている。

 魔境歩き等といわれる流離いは、魔境に眠る“遺竜品”を持ち帰ることで一財を築こうとする。

 そこがウコンには理解できないでいた。


「奥方様、遺竜品にはそれだけの値打ちがあるのでしょうか」


「そうねぇ……」


 鹿女ノ魔境。

 鹿鳴寺の裏手、鬱蒼とした森の山道を雪代ノ奥方一行は歩んでいた。

 まだ日の出すぐなのに、針葉樹の森はやけに薄暗かった。伐採が行われていないせいだろう。


 ウコンは山育ちといえるが、大半の森林を多かれ少なかれ切り拓かれているので、じつは一切手入れのされていない野山とは縁遠い。


 踏み固められていない道は小石や草、枝が目立つし、うっかりすれば木の根につまづきかねない。

 この上、行けども行けども休める場所もなく、野獣や羽虫、それに竜魔さえ住んでいるのだ。

 そうまでしても得たい価値あるものが遺竜品、ということか。


「遺竜品の代表格は、竜魔刀ね。この鬼切真夜綱のような上玉が手に入るとしたら躍起になる人もいるわ。売れば一生遊んで暮らせ、大事にすれば末代までの家宝たりえるのだから」


「……しかし、そこに財宝があるとわかっているのならば、諸藩は自領の魔境をこうも野放しにする理由がないのでは」


「昔、魔境を制そうとして人と金を費やしすぎた小藩が失政の責任を負ってお取り潰しになったことが数例あるのよ。以来、諸藩は幕府への届け出なしに魔境を調べることがご法度になったと聞き及んでいるわ。それにもし竜魔刀を得られても博打同然のことであって、農作や商工をおろそかにして堅実な藩政を投げ打つほどに分が良いわけでもないのよ」


「つまり、魔境に挑むのは命知らずしかいない、と」


「……帰りたくなってきたわ」


「ええ、目的を果たしたら早々に帰ることにしましょうか」


「そ、そうね」


 不真面目な会話を黙って見守る黒川シノの視線がどうにもウコンは気まずかった。

 シノは苦言するでもなく、言葉をかわすことを躊躇ってさえいるようでもあった。遠慮がち、あるいは気後れしているようにも見える。


「ねえさぁ、ユキノジョウってどんなやつなのー?」


 退屈そうにあくびを噛んでいたサコンの問いに、シノは少々悩む素振りをみせて。


「私は、ユキノジョウ本人を数度しか見たことがなく。種族は猫、白毛黒縞、背丈は大きく、年頃は若く、容姿端麗。雪代ノ奥方様を一目見た時は、この者に違いないと勘違いするほどには、心得ている特徴と同じでしたので……」


「外見はそうとして、他のとこまでそっくりというわけじゃないんでしょー?」


「ええ、はい、まぁ……そのはずです」


 シノは不安げに言葉する。


「だよねー。もし奥方様が逃げ回ったとしても、五年どころか五日もあれば追いつけそうだもん」


「……ああ」


「言えてる」


「なう!? ああん、みんなして笑わないでくれる!?」


 ウコンサコンはともかく、感情を押し殺しがちなシノまで薄くながらも笑っていたので、奥方は気恥ずかしそうにしつつ「うぐぐ」とうめいて悔しがった。


「西国は天領長倉の地に任ぜられた長倉奉行、白上ジンダイの次男坊、それが白上ユキノジョウの出自です。人となりを詳しくは存じ上げませぬが、人づてに聞く限りには、さほど悪しざまに申す者はおりません。それもそうでしょう。身分と金子が揃っていれば、あとは利口に行儀よくしていれば何を恨まれましょう」


 私怨まじりの人物評を聞き、ウコンはひとつ疑問を抱いた。

 恨みならば、博徒たちに買っているではないか。


「じゃあ、なぜ岩炭組の博徒らと喧嘩別れに……? 金の切れ目は縁の切れ目、というやつか」


「それは、私も知る由がなく……」


「おシノさん、きっとそいつぁー“行儀の悪いことをした”んじゃないかなー?」


 サコンは何か訳知り顔でにまにまと笑っている。


(こいつ、昨夜のうちに調べてきたのか……)


「でもね、おシノさん、これは聞かない方がいいかもしんないよ」


 思わせぶりなサコンの言い方に、シノは眉根をしかめて一考し。


「……聞かないことにします」


 と断る。

 あえての事だろうが、そう勿体ぶられると気になるのが人の性。ウコンはサコンに耳打ちする。


『おい、単なるいたずらごころで伏せたのか今のは』


『いやいや気遣いだよ、あたしなりのね』


 ますます何のことだかさっぱりだ、とウコンは困惑するが、シノには察しがついてるようだった。

 





 


 魔境の中心地に辿り着いたウコンは、そこにある光景を遠巻きに眺めて、息を呑んだ。


 山城だ。


 滅び、朽ち、眠っている。


 数百年前の、戦国乱世の時代に各地に点在していたとされる山城の跡地である。


 山頂付近に設けられた山城は天然の要塞であり、見晴らしがよく、石垣と傾斜地に囲まれている。守るに易く攻めるに難す。ここは古戦場だったのだろう。


 こうした山城は、天下泰平の世が訪れるにあたって役目を終えたとされている。

 一国一城の令により、諸藩は各自一つの城のみを有するべしとされている。無断の増改築や不必要な城の維持は処罰の対象とされたのだ。


 もとより、天険によって守られる山頂の山城は平時にはただひたすらに面倒ごとばかりだ。

 戦国時代であっても、もっぱら平時は麓の住みやすいところに居住用の館を建て、いざ有事になれば山城に籠もると使い分けていた。


 やがて平野に大規模な建築を行い、平城を築くようになると山城は廃れるようになったわけだ。

 ウコンは知識としては知っていても、これほど立派な山城を直に目にしたのは初めてだ。


「こんな険しい山奥に、城が……」


「山奥だからこそ城がある、昔はそうだったそうよ」


 奥方は、雄大にして難攻不落の山城をみやって一言ぽつりとつぶやく。


「なんだか、ウチのお城よりは弱そうね」


 無理もない。後世に築城された大規模な平城が日常風景の一部である筆頭家老の娘となれば、天守閣を備えた豪奢な城を見慣れている。山城には物見櫓がある程度、天守閣はない。


「ご自慢なのはわかりますが、そこで張り合ってどうなさるのです奥方様……」


「えへへ」


「しかし実際、この山城は敗残したまま手つかずと見える……。そこかしこがボロボロだ」


「魔境の中、住居になりえそうなのはここだけ。ユキノジョウが潜むのはここだと当初は思っていたものの、けれどこれは……」


 奥方一行は今、山城へと至る坂道の途中で草木に隠れながら遠くから様子を見ていた。

 そうせねばならないのは、この山城の上空に“敵”が舞っているからだ。


 竜魔の先触れ。

 翼のある、空舞う竜魔の群れがそこにあった。


 翼竜たちは牛馬ほどの巨躯をしながらも軽々と飛び、悠々と青空を占有している。一匹だけであっても、以前に戦った小型で地を駆ける端くれより強力だろう。その翼竜が、見えるだけでも五匹。危険極まりない状況だ。


 しかもここは断崖絶壁の山城、ただでさえ陸上からの外敵を阻む地形になっている。

 地の利、数の利、力の利、いずれも竜魔の群れに軍配があがる。


「……か、帰りましょうか」


 奥方は尻尾をへにょらせ、青ざめながら震え声でそう口にした。

 ウコンは「弱い城ではなかったのですか」と思わず言ってしまうが、しかし奥方が「だけどぉ……」と情けない返事をすると、ウコンは「奥方様がそうおっしゃるのも無理はない、帰りましょう」とすんなり同意した。


「……では、ここからは私一人で」


 そう言い放って、鬼気迫る形相のシノは木陰から出ていこうとするものだからウコンはあわてて「お待ちを! どうかお待ちを!!」と引き止めるハメになった。


 その様がよほど面白かったのか、サコンは「あはは、ウコン必死すぎー」とけらけら笑うのだ。


「必死も何も、このまま行かせれば必ず死ぬだろうが!」


「いやー、シノ殿ひとりで動くのは合理的だよ。敵と同じく空を飛べるコウモリなんだから、全員でのこのこ坂道を登って近づくよりは分がいいさ」


「危険な賭けになりますが、試す価値はございます」


「早計だ!!」


 シノの袖を掴んで離さず、ウコンは自分でも驚くほど強い調子で叫んでいた。

 勇んでいたシノが面食らうほどに、強く。


「……失礼、つい」


「いえ、それより早計だと断じる、その理由は……?」


「シノ殿、この翼竜の巣にユキノジョウが潜んでいる可能性は皆無だと思いませんか。一体どうやれば、この危険極まりない山城で二週間も隠れ潜めるというのですか。仮に本当に居るとしても、その確証が得られるまでは近づくべきではないと存じますが」


「しかし、手ぶらで帰るのは……」


「帰る、というのは冗談にございます」


 そうウコンが言い切ると、奥方は「え!?」と素っ頓狂な声をあげた。


(本当に帰るつもりだったのか……)


「一度引き返して、この山城を監視できる他の高所に拠点を構えるのです。じっくり観察すれば、危険を犯さずとも確証が得られます。山城に忍び込むのはそれからです」


「しかし、もし山城に籠もって、一日中出てこないとしたら……?」


「水と食料の調達はどうやっても痕跡が生じます。山城は山頂付近、水は低きに流れるので井戸水や湧き水は高いところには生じない。であれば、水の供給源を探れば、近づかずして足跡なりの手がかりも得られましょうや」


 そうウコンが当然のように口にすると、奥方はいたく感心したのか虎耳をしきりに弾ませていた。


「スゴいでしょうシノ殿! まだ十二と若いのに、ウコンったら大人顔負けに賢いのよ~」


「……それは然り」


「おやめください奥方様、返事に困っておいでです」


「あら、いけない、つい我がことのように」


 ほっぺに手を当て、照れ笑いする奥方の仕草のなんと愛くるしいことか。

 ウコンはあれこれ顔に出ないよう口を真一文字に結びつつ、「おや~」とにやついているサコンの尻を軽く蹴って「ぎゃん」と鳴かせておく。


「石橋を叩いて渡るが如く、急がばまわれと調査開始です」


 こうして痕跡探しははじまった。

毎度お読みいただきありがとうございます。

「魔境」についてはいかなるものか、悩み深くて時間がかかってしまいました。

古戦場たる山城を舞台に、いよいよシノ殿の怨敵ユキノジョウへと迫る奥方一行……の慎重マイペース。

一行は無事、仇……の足跡……を見つけるための水源を探し当てられるのか!

待て、次回!

今後ともよろしくおねがいいたします。

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