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ケモ奥方は仇討ちをあきらめたい ~ぐーたら忍者と最強武家一族の未亡人が往く復讐のんびり旅行記~  作者: シロクマ
第二章 蝙蝠と湯治場

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第二十八話「迷惑と魔境入り」

「はーん、それで無事、追手のチンピラ連中を撒いてこれたと」


 いざという時の待ち合わせ場所に決めていた道中のお地蔵様のところへと一行は逃げ果せていた。

 黒狐のウコン、雪代ノ奥方と、銀狐のサコン、黒川シノは二人一組に分かれて行動していた。不運にも騒動に巻き込まれてしまったウコンと奥方をよそに、ふたりは首尾よく情報を掴んだ様子だ。


「ああ、変装がバレずに済んだのでな」


 艶やかな着物に着替えた奥方はまさに貴婦人然としており、人混みにまぎれてしまえば“侍の男”を探す連中には目に映らなかったらしい。


「そのヤクザ連中、岩炭組ってんだけどね。騒動に乗じて聴き込んでみたら、ここ一年、あいつら例のユキノジョウをこっそり匿ってたらしいんだよね」


「ヤクザが侍を匿う……? いや、流れ者の拠り所になるのはよくある話だが」


「名や身分を隠して、ほとぼりが冷めるまでやり過ごそうとしたユキノジョウの誤算は、まさにおシノさんの執念深さ。一月も匿ってればあきらめるはずが、ご存知のように一年間もここに留まってるときたもんだから岩炭組にもまた大きな誤算が生じたのさ」


「ユキノジョウと岩炭組の仲違い――それで今になって尻尾をつかむことができたわけだな」


 ウコンとサコンの情報交換をよそに、黒川シノは物静かに目を閉じて聞き入っている。

 落ち着いているようでいて、不気味な静けさだ。

 五年間もの歳月、命を狙っていた怨敵の重要な情報だ。それをすぐさま食いつかず、じっと沈黙していられるのは、まさに野ネズミを狩るために羽音を消す梟のような心持ちなのだろう。


「岩炭組の親分と喧嘩別れしたユキノジョウは他に行き場もなく、追手のやってこないであろう鹿鳴寺の裏手の“魔境”へと逃げてしまったのがここ二週間ほどの出来事。奥方様とウコンは運悪く、その鹿鳴寺の魔境からひょっこり出てきたユキノジョウだと間違われたわけだね-」


「ややこしい」


「迷惑千万ですこと」


 奥方はお地蔵様におにぎりをお供えして、手を合わせるとそう零した。


「では、ユキノジョウを討ち果たすためには魔境へ赴かねばならない、ということね」


「そうです、奥方様。しかし――」


 ウコンは言い淀んだ。

 黒川シノの仇討ちに協力する、というのはあくまで情報収集の手伝い、お膳立てくらいまでにしておきたかった。武功と時間を稼ぐ。仇討ちを先延ばしにする方便のひとつとしての手伝いだ。

 しかし魔境に踏み入るとなれば、さすがに命懸け。ヤクザ連中が命惜しさに怖がり避けた場所だ。


 ――本末転倒。


 仇の所在を突き止めることができた時点で、ウコンたちは当初の役目を果たしているのだ。

 黒川シノは単身でも魔境に挑む。止める術はないだろう。


「これより先は――、死地と心得ますれば」


 ウコンが言葉に迷っていると、シノは沈黙を破り、重たげに言葉を紡いだ。


「長きに渡る一人旅、最後もまたひとりで締め括らせていただければと思う次第で」


 シノは深々と頭を下げ、一礼する。

 今生の別れと言わんばかりだ。


(命懸けで、死んでもいいから助けたいかと言われたら、確かにそうではないが……)


 義理人情で動けるほどに、ウコンは情熱家でも勇敢でもない。

 黒川シノもまた、私事のために他者に危険を求める性分でもないのだろう。

 これでよかったのだとウコンが自分に言い聞かせている間に、奥方は「待って!」と叫んでいた。

 叫んで、シノの袖を掴んでは離さないでいた。


「私達もご一緒させていただきます、そして」


 力強く、もし無理やり飛び立っても地上に引きずり下ろそうという力加減で奥方は袖を離さず。


「いざとなれば、力づくでも共に逃げ帰るのです」


「……なぜ」


 雪代ノ奥方と黒川シノ、ウコンには両者の視線が静かに火花を散らしてみえた。


「流浪の仇討ち人が一人、執念の果てに死に晒しても無念でこそあれ本懐です。なのになぜ」


「まずくなるでしょう、食事が!」


 食。

 シノ殿は言葉を失っていた。

 奥方は至って、真剣そうに叫んだ。


「シノ殿! 私は言ったでしょう、このままでは斬られ損だと! この傷が治るまでは私の都合に合わせてもらうわよ! ちゃんと生きて仇討ちを果たすところを、私に見届けさせてくれなきゃ責任というものを果たしていない、そうでしょう!」


 奥方は袖をまくって、包帯を巻いた二の腕を強調する。

 シノは「ぐっ」とうめき、観念したように息を吐いて脱力した。


(シノ殿にとって“迷惑をかける”ことが一人で魔境で赴く理由ならば、そっちの方が迷惑だと言われてしまえば立つ瀬がない、というわけか)


「……わかりました」


「よろしい! では、明日ちゃんと準備してから魔境に入りましょうか」


「明日……? 一体なんの準備を」


「やっぱり、冷静にみえても血気にはやっていたのね。魔境は何が待ち受けているかわからないのに、武具や道具、食料や薬を備えていかなくてどうするのです。日帰りでは済みませんよ、きっと」


「奥方のおっしゃる通りです。シノ殿は魔境入りの経験がないとみえる」


「皆さんにはあると……?」


「無論ない」


「勿論あるわ」


 ウコンと奥方は互いに顔を見合わせた。ぴょこぴょこ跳ねつつサコンも「ないよー」と挙手。

 ウコンサコンは忍び里で修行を積んだとはいえ、なんでも学んだわけではない。危険地帯である魔境については座学のみ、経験者伝えの知識しかない。


 一方、奥方はなぜか一度だけ魔境に入った経験があるとのことだが……。


「あっはっはっ、こりゃー難題だねー」


 サコンは他人事のようにけらけらと笑って、ウコンらの魔境入りへの不安を煽るのだった。

毎度お読みいただきありがとうございます。

いよいよシノ殿の怨敵ユキノジョウを討つべく魔境へと踏み入ることに!

しかし一にも二にも美味しい食事、な奥方ですのでお弁当が大事そう……?


お楽しみいただけましたら、ブックマークや評価、感想等、ぜひご贔屓のほどを。(やる気につながります)

ひきつづき、今後ともよろしくおねがい致します。

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