第二十六話「長脇差と雀の焼き鳥」
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闇市での買い物をつづける二人。
奥方の様子を見守りつつ、ウコンはとある懸念を警戒していた。
(……後ろに四人、いや五人か。隠れるでもなく後を追ってくる、何者だ……?)
“気づいたこと”に気づかれぬよう、ウコンはさりげなく追跡者たちを盗み見る。
(侍、ではない。博徒か的屋か?)
博徒と的屋。
つまりは「渡世人」「やくざ」といわれる連中だ。一般に不良集団とみなされるが、しかしこの鹿鳴寺の敷地内においてはむしろ彼らは“秩序を守る側”でさえあった。
まず博徒は、違法とされる賭場を開いて博打を行う無法者だ。しかし、これは寺社仏閣の境内で行われることが多い。寺銭といい、賭場の場所代を寺社に寄進をするので相互に利益がある。
違法賭博を取り締まるのは町奉行の仕事、しかしお寺は寺社奉行の管轄なので手出しが難しいという事情があった。じゃあ寺社奉行が取り締まればいいのでは、とならないのは寺社奉行もまた寺と博徒から恩恵を得ているわけである。
つぎに的屋について、この場においては闇市を仕切っているのがそもそも的屋だ。縁日などの催事にあれこれ露店や屋台を商い、商売にいそしむ。一発当たればでかい、という意味や、射的遊びの人気があったことにも由来する。この的屋もまた寺社仏閣のまわりで商売するので、お寺に寄進することで良好な関係を築いている。
であるからして、この鹿鳴寺の闇市においてはむしろ博徒や的屋は厄介事を解決する側なのだ。
もし今ここで盗人の類が現れれば、無法者とされる彼らがとっ捕まえてしまうことだろう。
(……目をつけられている我々の方が、立場がまずい)
何にしても無用な揉め事は避けるに限る。ウコンにはわざわざケンカを望む趣味はない。
(しかし、目的はなんだ? 単に目立つから警戒されている、ということか?)
「みてウコン、雀の焼き鳥!」
奥方はそう嬉しげに叫んだかと思えば、すぐに二本の雀串を買ってしまった。のんきなものだ。
「旦那様、雀など腹の足しにもならないでしょうに」
「そうは言うけれど、この小さな雀を放っておくと大変なのよ? 穀物や苗を食べ荒らすからわざわざかかしを立てて追い払おうとするし、猟師が捕まえないとならないの。そしたら神仏にお供えして、お下がりをありがたくいただくものなのよ」
「確かに、だから五穀豊穣を願うような寺社の屋台には雀がよく売っているわけですが……」
はい、と差し出されてウコンも渋々と雀の焼き鳥を食べることにする。
雀は小鳥だ。なにせ小さい。食いづらい。めんどくさい。
串に刺さっているのは雀の全身、羽根と脚を除いてあり、たれ色に濡れている。ちいさく丸くて可愛らしい雀のことを思い浮かべてしまうといささか食べづらい者も少なくないだろう。
下ごしらえとして雀の骨を叩いて砕いてしまい、食べるときは小骨ごとバリバリと食べる。
「あむ」
たれに漬けられた鳥類の串焼き、というのはやはり美味い。雀は美味な方ではある。
肉と骨を噛み砕いて食べることになるが、なにせ小さいので気をつけて食べれば食べごたえはある。ウコンのような狐族にはちょうどいいおやつだ。
クセを消すための山椒がさわやかに利いていて、甘辛いタレと小味の効いた肉を引き立てる。
ウコンは四口で、奥方は一口でぺろっと雀を平らげてしまった。
(豪快だなぁ……)
奥方は一口で雀の焼き鳥を食べたわりには丁寧に噛み、ごちそうさまでしたと手を合わせる。
雀を捕まえるのはカンタンだ。
ザルと棒、紐を用いて米粒などのエサに寄ってきたところをすっと罠にかける。子供でも容易だ。
(我々がまさに、あとはもう紐を引くだけという窮地なのだが……)
後方の五人のみならず、前方にも三人。博徒らに奥方とウコンは挟み込まれてしまっていた。
下手に動けば拙いと様子をうかがっていたが、これはもう、面倒事は避けがたいようだ。
(はぁ……、一体どうしたものやら)
博徒や的屋は“長脇差”を所持する、中型や小型のケモノビトの若い男たちだ。猫、鼠、鹿、犬と種族は統一されていないが、一様に旅装束をしている。これには理由がある。
無法者の旅装束は“旅の途中である”ことにすれば、護身用の武具の所持を認められるからである。定住者の身なりでは言い訳が立たないのだ。
“長脇差”は、奥方の帯びる大小二振りの刀、本差と脇差、大刀と小刀の中間の長さの脇差だ。
護身用として許される小刀は刃渡り二尺未満という決まりなので、その範囲内でなるべく長い刃渡りにすることで可能な範囲でより強い得物を持ち歩こうという意図がある。
武力を有したくも侍に及ばない、刃向かわないという無法者の中途半端な立ち位置がよくわかる。
「おう、のんきに雀なんざ食いやがってどういうつもりだ」
博徒の長とみられる、やや老け顔の犬狼族がドスの利いたドラ声をあげて近づいてきた。
のしのしと高圧的に、苛立った様子だ。
ヤクザの親分に詰め寄られるなど素人なら震え上がるほどに恐ろしいが、しかしこの程度ウコンには恐怖に値しない。問答無用で食い殺そうとしてくる竜魔の群れに比べれば、まだやりようがある。
「ふえ! な、なな、なんでござるか!? せせせ、拙者に何用で!?」
なのに、奥方はこれでもかとビビっていた。
ヤクザの親分より二まわりもでかい図体しておいて、一般庶民みたいな怯えっぷりなのだ。
「す、すすす、雀を食べちゃってごめんなさい!?」
「んなことは言ってねえんだよ!」
「ひっ!」
ダッと後ずさる奥方、あろうことか町娘のいでたちをしたウコンの背後に隠れてしまった。
いや、デカすぎてちっともまったく隠れきれてないが。
(とはいえ、私が護衛役だ。ここは矢面に立つか)
「親分さん、旦那様にどのようなご用件でございましょうか」
「ちっ! 白を切るつもりか、ええおい! ユキノジョウ!」
「……は?」
なぜここでユキノジョウ、つまり黒川シノの仇討ち相手の名が出てくるのか。
一瞬わけがわからなくなるが、すぐにウコンは気づく。
黒川シノ同様、このヤクザどもは『でっかいしましまのネコ』ゆえ奥方とユキノジョウを勘違いしているのだ。なんてはた迷惑な猫だろうか。
「ま、待て! 話せばわかる! 人違いだ!」
「野郎ども! また舌先三寸で“魔境”に逃げられちゃあ事だ! やっちまえ!!」
「おう!!」
怒号をあげ、ヤクザモノ達が一斉に長脇差を抜いた。側面は鹿鳴寺の壁、前後は八名のならず者。そして肝心要の奥方様はおそらく“戦えない”はずだ。
ウコンはこれまでの戦いで確信に至っている。
奥方様は竜魔ならいざしらず、同じケモノビトを傷つけることができないのだ。
天下泰平の世に馴染みすぎている奥方は、なぜそうなのかはわからないが心優しいゆえか、武力を極力使いたがらないし殺生を望まない。
いかに武器の優位、種族の優位、武芸の優位があったとて、多勢に無勢なだけでなく心構えからして劣勢とあってはどうにもならない。
かといっておとなしく捕まり、誤解を正せば無傷で済むという状況にもみえない。
(護衛として、今この瞬間、私がどう決断を下すかで決まる……!)
かすり傷ひとつであろうと、もう二度と、奥方の御身をみだりに傷つけさせてなるものか。
ウコンは思考した。
迫る悪党、八名。長脇差。怖がる奥方。篝火。鹿鳴寺。闇市。露店。僧兵。
今ここで何をなせるのか。
(一か八か、これに賭ける!)
「奥方様、逃げましょう! さぁ手を!」
「え、あ、はいっ!」
ウコンは奥方の手を握って、前後から迫るならず者達に対して、どちらにも背を向けた。
そう、露店や屋台の並んだ“鹿鳴寺の塀”へと一気に駆け出した。
「うおっ!?」
露店と屋台のちいさな店同士の隙間を縫い、塀へと辿り着いたウコンは身軽にも塀の上へ跳んだ。狐族の忍者たるウコンならば寺の塀を登るくらいは楽々だ。
「引っ張り上げます!」
「は、はいっ!」
「せーのっ!」
奥方の図体は大きくて重いが、しかし背が高い分、ウコンが引っ張り上げれば塀の上にカンタンに手が届いた。あとはもう這い登るだけ、奥方は必死で塀の上へと逃げ延びた。
「てめぇら待ちやがれ!!」
そう口々に叫んで引っ捕らえようと鹿鳴寺の塀へ殺到しようとするヤクザ達は、しかし八人という大所帯のせいで露店や屋台、客にぶつかり、商品を踏み荒らし、さらに篝火を倒した。
「うちの大事な商品に何しやがる!!」
「ああ、やんのかこの! 誰のおかげで商売できてると思ってやがんだ!」
「火を! 火を消せ!」
「やめねえかお前ら!! くそ、逃げられちまう!」
「何事だ、貴様ら!」
闇市は大混乱に陥った。ウコンの狙い通りだ。
やくざと来客と露天商と僧兵と、お互いに“損”をさせられた者達が喧嘩っ早く争い始めた。
やくざの追手が塀を登ろうとしても、雀の焼き鳥をぶちまけられた的屋が「逃がすか!」と引きずりおろす始末だ。
(忍法とは竜魔忍術のみにあらず。使えるものはなんでも使え、か。テンメイ様の教えも無駄ではなかった。……退屈この上なかったが)
ウコンと奥方は混乱に乗じて寺の境内に隠れて息を潜める。
「お怪我はございませんか?」
「いいえ。あなたのおかげで助かったわウコン、……ありがとう」
「お役目につき礼には及びませんが……ありがたきお言葉でございます、奥方様」
――今度こそ、傷一つ負わせずに奥方様を守ることができた。
この大変な状況下、ウコンはそれが嬉しくてならず、尻尾をそわそわさせていた。
毎度お読みいただきありがとうございます。
時代劇といえば悪党! ヤクザの親分!
わかりやすいようでわかりづらい彼らについてちょっと掘り下げさせていただきました。
雀の焼き鳥は養鶏が盛んになるまでは今よりずっとポピュラーなもので、今でも各地の神社参道などで名物として売られている伝統食のひとつです。
当作のコンセプトのひとつ、時代劇の世界を旅する気分がお楽しみいただける一助になれば幸いです。
お楽しみいただけましたら、ブックマークや評価、感想等、ぜひご贔屓のほどを。(やる気につながります)
ひきつづき、今後ともよろしくおねがい致します。
 




