ほぼほぼ美談
心地よい振動が身体を揺らしていた。
わたしはセーラー服に身をつつみ、バスに乗っている。
通学途中の、いつもと同じ後部座席で、どうやら、眠っていたらしい。
朝から眠ってしまうなんて、夜ふかしでもしていたのかしら。
ぼんやりとしたまま車内をみわたす。窓の外には、パチンコ屋、喫茶店、雑居ビル、スーパー、書店……見なれたはずの、そのひとつひとつに、なぜか懐かしさがあふれてくる。
バスはゆっくりとスピードを落とした。
停留所で止まり、前後のドアが開いても、誰も降りず、誰も乗車しない。
わたしのほかに乗客はいない。
だれもいない街を、わたしをのせて、バスは動きはじめた。
ふいに違和感をおぼえて窓の外をみると、十歳くらいの男の子が自転車にのり、バスの横についていた。野球帽のせいで顔がみえない。バスと競争をしているつもりなのか、立ちこぎでペダルをまわしている。
バスの速度が上がり、少年は引き離されていった。
なぜか胸がざわつくけれど、わたしは学校に行かないといけない。
なにかいいことがあったはずだから。
待ち遠しくて、うきうきして、眠れなかったのかしら。
なにも思い出せなくても、目的地に向かっていることだけは理解できていた。光にむかって進んでいるという確信は、わたしに自信と幸福を与えてくれる。
バスはゆっくりと停留所にとまった。
しばらくすると、また野球帽の少年があらわれた。バスを追い越すことなく、少年は自転車をとめた。バスの横に、というより、わたしの横についているようにみえる。顔は見えないけれど、口が動いているのはわかった。
バスが動き出して、少年も自転車をこぎはじめた。
バスの速度にはついてこれず、少年の姿は見えなくなる。それでも、なぜだろう。呼ばれているような気がして、後ろ髪をひかれている。
わたしは窓をあけた。
顔を出して後方をみると、全力でペダルをこいでいる少年がみえた。なにかを叫んでいる。とても大切なことを伝えようとしている気がして、わたしは
「止めて!」
と声をあげていた。
バスが速度を落として、男の子の顔がみえてくる。
少年は、いえ、あの子は……!
○
わたしは病院のベッドで目をさました。
交通事故により、一時は危険な場面もあったらしい。
高校生の息子が懸命に語りかけたことで、わたしは意識を取り戻したという。
美談であるにもかかわらず、息子がどんな言葉を投げかけたのかをたずねても、看護師さんは目をそらし、教えてはくれない。