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英雄亭凡酔譚  作者: 佳河 尋幸
駆けつけ六杯
6/7

六杯目 新しい冒険の始まり

 王都のはずれ、裏街通りの酒場は昼夜を問わず冒険者達で賑う。

 店が閉まっているところを見た者はいない。

 冒険者達が集い、旅立ち、運が良ければ帰ってくる。

 ここは英雄亭。

 死者を(いた)んで生者が祝杯を挙げる場所。

 

 *


  ゴトリ。

 喧騒の中でなぜかその音は明瞭に聞こえた。

 椅子、それも英雄亭(この店)に一つしかない年代物の重たい椅子の音。

 イヤな予感がして青年が振り向くと、今まさにあの男の手から放たれた杯がまっすぐ飛んで来ていた。

 とっさに顔をかばった手でなんとか受け止める。

 冷や汗を浮かべつつ、青年は男に向かってニヤリと笑った。

 コーン。

 その頭に天井近くまで舞い上がっていたもう一つの杯が跳ねた。

 男は青年に向かってニヤリと笑った。


「二つは卑怯だ」

 唇を()む青年は男にとって最高の(さかな)

「ダンジョンで宝箱(チェスト)に罠が二つ仕掛けられていても同じことが言えるか?」

「飲んでるだけのあんたがダンジョンを語るな」

「俺にとっては英雄亭(ここ)がダンジョンで、毎日が冒険だ」

「ごまかすな。冒険者じゃないのに英雄亭(ここ)にいるのがそんなに恥ずかしいのか?」

 青年が首にかけた冒険者登録証(木片)を見せつける。

 男は無言で(ふところ)をまさぐり、無造作に取り出した。

 緩めた手から流れ落ちるスピガチェーン。繊細な音を(かな)でながらテーブルの上でとぐろを巻く。

 きらびやかな鎖を玉座にして金色こんじきのプレートが腰を下ろす。

 そこにはクラスやレベルが打刻され、月桂樹の葉を模した銀細工(縁取り)を食い破るようにギルドの紋章(割印)が刻まれていた。

冒険者登録証(ゴールドランク)!?」

 木片を紐でくくっただけの青年の冒険者登録証(ランバーランク)とは大違い。

 青年は祖父の亡霊でも見たような目で黄金の冒険者登録証(タグ)を茫然と見つめた。


「本物なのか……?」

「凹凸の写しがギルドにある。確かめてみるか?」

 言われて青年は冒険者登録証(タグ)に記されたギルドに気づいた。

『ヒドラの尻尾』(インチキギルド)じゃないか! 信用できるか」

 青年はそっと自分の冒険者登録証(インチキギルドのタグ)を服の中にしまう。

「ゴールドランクになったのは別のギルドだ。それにギルドは窓口になっているだけで、条件はどこでも変わらん」

「条件って?」

「ランクとは冒険者の価値、つまり(かね)だ」

 それは青年に最も不足しているもの。

(かね)で冒険者の何がわかる!?」

「こんな板切れに金を出せるくらい稼げることはわかる」

 『おまえには買えないだろう?』と言われた気がしたのは青年の被害妄想か。

ゴールドランク(あんたの価値)はいくらなんだ?」

「金貨一〇〇〇枚」

 青年の目はぞんざいに置かれた金色のタグに釘付けになった。これ一つで五年は食べていける。

「どうせ汚い手を使ったんだろ」

 声に(ひが)みが混じってしまった。それが口惜しさを助長する。

「人聞きが悪いな。『工夫』と言え」

 男はいつものように間を取った。焦れる青年を見ながら飲む酒は格別。


「ギルドに国から補助金が出ているのは前に話したな。その額はギルドの規模によって決まる」

「規模って、冒険者の人数か?」

「最初はそうだった。だがそれだと頭数さえ揃えればいい。ギルドは魔王対策(建前)を無視して冒険者登録証(タグ)を配りまくった。【心労王】は質の低下に歯止めをかけるために育成助成金を作り、補助金の基準をゴールドランクの人数に変更した」

 主な収入源だった有象無象は(かね)にならなくなった。早急にゴールドランクを増やさなければ、ギルドの存亡にかかわる。

「そうか! ギルドが(かね)を出したんだな。あんたはそれに乗ったんだろ?」

「おまえにしては上出来だが、違う。ランクの意味がなくなるのでギルドが金を出すのは禁止されている」

 青年は口をとがらせつつ、男に先を(うなが)す。

「俺がいたギルド(『笑うバンシー』)はランクアップの記念品を贈ることにした。といってもただの飾り(ガラクタ)だが」

 怪しい。この男がガラクタに銅貨一枚出すはずがない。

「見せてくれ」

 男は天井に向かって両手を広げた。

「もう持ってない」

「金貨一〇〇〇枚と引き換えにした物を手放したのか!?」

「質屋に持っていったら、()()()金貨を四〇〇枚も貸してくれた。(かね)は返()なかったから、今頃どこにあるのやら」

「どこって、絶対『笑うバンシー(ギルド)』が買い戻してるだろ」

 男の口角が少し上がった。それが答え。

「ギルドが(かね)を出すのは禁止されてるんじゃなかったのか?」

「ギルドはチンケなガラクタしか配っていない。いくら貸して、いくらで売るかは質屋の自由だ」

 屁理屈だ。しかしそれを否定できない自分に青年は腹が立った。


「それでも金貨六〇〇枚か……」

「まだ続きがある。()()()『ヒドラの尻尾』の状況はもっと切迫していた」

「『ヒドラの尻尾』の記念品は五〇〇枚くらい貸してくれるのか?」

「ランクアップさせるより他所(よそ)からとってきたほうが早い。ゴールドが『ヒドラの尻尾』に移籍すれば三年間、毎年金貨二〇〇枚の謝礼が出る」

 『笑うバンシー』でランクアップして『ヒドラの尻尾』に移籍すれば実質無料。

 自分でもなんとかなりそうだと思ってしまい、青年は狼狽(うろた)える。これでは同類だ。しかしその魅力に(あらが)えない。

「真似をしようとしても無駄だぞ」

 青年の葛藤を見透かしたように男が冷や水を浴びせる。

「『笑うバンシー』はあっという間に潰れた。元をとる前に移籍されたらひとたまりもない」

 青年は組んだ両手を額にあてて目を閉じる。

「オレにもそんなチャンスがありますように!」

 人生で最も真剣な祈り。

「運まかせにしているようでは無理だな」

 男の無慈悲な宣告。

「冒険と同じだ。準備を(おこた)れば、待っているのは敗北だけ。世の中の動き(チャンスの前触れ)を知らなければ勝機はない」

英雄亭(こんなところ)にいたら、そんなことわかるか」

「愚痴、噂、自慢話。その気になればネタはいくらでもある」

 青年は納得いかない。酔っ払いどもの戯言(たわごと)を信じろと言うのか。


「例えばあれだ」

 男が指したテーブルは周りから浮いていた。着ている服がこの国の物とは違う。最近時々見かけるようになった連中だ。

「国が豊かになれば受け皿(ギルド)はいずれ不要になる。そうなる前に他国のギルドと手を結んで生き残ろうとしているのかもしれない」

「考えすぎだろ」

 男は目線をその(となり)のテーブルに移す。悲嘆に暮れる三人。()み交わす杯は六つ。

「昨日サルベージを頼んでいたパーティ(生き残り)だ。上層で中層のモンスターに出くわしたらしい。ギルドの連携(たくらみ)を牽制しているのかもしれない」

 訓練場(ダンジョン)は【宮廷魔術師】が管理している。

「ミスくらい誰でも――」

「国境近くの村から来た新入りによると、村長が向こうの様子に神経をとがらせていたそうだ。この国とギルドを争わせて、その(すき)に攻めるつもりかもしれない」

 『かもしれない』ばかりだが、この男の口から出ると妙にもっともらしく聞こえる。

「……いつ?」

「ギルドも【心労王】もバカじゃない。今すぐ事を荒立てたりはしないだろう」

 青年の体から力が抜けた。いつの間にか緊張していたらしい。

「起きるかどうかもわからないものを当てにできるか」

「それなら俺が明日、この国を滅ぼしてやろうか?」

 ただの冗談、のはずが青年の背筋は凍りついた。男の穏やかな声にひそむ得体の知れない何かに。

「あんた、いったい何者なんだ?」

 渇いた喉からかろうじて絞り出した声はかすれ、震える。

「俺か? 俺はな……」

 青年は唾を飲み込むこともできずに男の言葉を待つ。


英雄亭(ここ)のオーナーだ」

 雷に打たれたような衝撃。

「ええぇぇ!?」

 一拍遅れて青年の声が裏返った。

 『俺が【心労王】だ』と言われてもこれほどショックは受けなかっただろう。この男のお情けで今まで生きてこられたのかと思うと、目の前が暗くなった。

 魂が抜けて石像と化した青年の後ろを、なみなみと酒が入ったジョッキを両手一杯に持った女店員が通りかかる。

「正確には『()オーナー』よ」

 女店員は少し離れたテーブルにジョッキを乱暴に置き、同じ数だけ空のジョッキを持って戻って来た。

「昔、仲間に裏切られて(だま)し取られたの」

 すれ違い様にそれだけ言うと、そのまま店の奥に引っ込んだ。

「相変わらずひどい店員だ。ネタをばらすのが早すぎる」

 男は緩んだ口元に杯を運ぶ。

「あ、あ、あんた、こんなとこでなにやってんだよ! 悔しくないのか!?」

「俺がここで平然と飲んでいるのを見たら、あいつがどんな顔をするのか見たくてな。それが俺の冒険だ」

 ふざけているのか本気なのか、青年にはわからない。

「そんなことしていられるのも今のうちだ。移籍金がなくなったらどうするんだ?」

「また別のギルドに移るだけだ。『笑うバンシー』の二の舞にはなりたくないから、移籍金(似たようなこと)はどこのギルドでもやっている。俺の冒険は終わらない」

「そんな冒険があるか!」

「目的のために持てる力を駆使するのが冒険だろう。俺はあいつの顔を拝むために最善をつくしている。おまえはどうなんだ?」

 青年は言葉に詰まる。

 冒険者登録証は持っているが、そんなものはただの板切れだ。

 冒険をしなければ冒険者ではない。

 自分が全力で挑むべき冒険(やりたいこと)とは。

 気づけばそれは身近にあった。


「いつか英雄亭(この店)を買い取って、あんたを追い出してやる。それがオレの冒険だ」

 目と口を開いた男が動きを止める。が、すぐに大きな声を上げて笑った。

「それはいい! 魔王討伐に匹敵する最高の冒険だ! 成功を祈って(銅貨を5枚賭けて)やろう」

 男が苦しそうに腹を抱える。

「言ってろ。いつか絶対に吠え面をかかせてやる」

 こらえきれずに笑いを漏らし続ける男に背を向け、青年は鼻息荒くカウンターへと歩き出した。


 ひとしきり笑った後、ようやく落ち着きを取り戻した男が酒を口にした。

 刹那、男の周りに静寂が訪れる。

「そろそろ頃合いかと思ったが、もうしばらく楽しめそうだな」

 ランプの炎が(くすぶ)り、男の影が揺らめいた。

 まるで同意するかのように。


 *


 ここは英雄亭。

 死者を(いた)んで生者が祝杯を挙げる場所。

 店が閉まっているところを見た者はいない。


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