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英雄亭凡酔譚  作者: 佳河 尋幸
駆けつけ六杯
5/7

五杯目 ソーサー

 王都のはずれ、裏街通りの酒場は昼夜を問わず冒険者達で賑う。

 店が閉まっているところを見た者はいない。

 冒険者達が集い、旅立ち、運が良ければ帰ってくる。

 ここは英雄亭。

 死者を(いた)んで生者が祝杯を挙げる場所。


  *


 青年はカウンターに頬杖をつき、店内を物憂げに眺めていた。

 その頭上から。

 近づいてくる何か。

 杯。

 物思いに(ふけ)っていた青年は気づくのが遅れ――。


 いつものテーブル、いつもの男。いつもの安酒までもが憎たらしい。

「悩み事なら聞いてやるぞ」

 男はにやける顔を隠そうともしない。

 腹が立つが、断ってもまたすぐに杯が飛んでくるのは目に見えている。

 ため息一つ。

 青年は店内を見渡し、日増しに大きくなる疑念を男にぶつけた。

冒険者(こんな奴ら)で魔王に対抗できるのか?」


  肩を組み、怒鳴るように歌う者。

  テーブルに突っ伏して嗚咽を漏らす者。

  飲み比べに勝って豪快に笑う者。

  負けて椅子ごとひっくり返っている者。

  足を踏んだ、踏まないで殴り合いを始める者。

  眠りながら胃の中身をぶちまけている者。

  等々。


「無理だ」

 再び青年のため息。深く、長く。

 予想はしていたが、こうもはっきり言われると(つら)い。

 冒険者に憧れて王都にやって来た青年は(あきら)めきれない。

「でも、ほら、あの人なら……」

 外套の男はちょうど今立ち上がったところだった。本日二度目の遭難者の捜索(サルベージ)。今回の奇跡の価値(オッズ)が気になる。

「いくらあいつが強くても一人ではどうにもならん」

「冒険者はたくさんいるんだ、あの人みたいなのが(ほか)にもいるんじゃないか?」

 男は芝居がかった仕草で首を振る。

「いたらこんなところで遭難者の捜索(ドブさらい)なんかしてない。しょせん冒険者なんて体裁を取り繕ったゴロツキにすぎん。『優秀な冒険者』というのは『三本角のユニコーン』と同じだ」

「それはあんまりだ!」

「ろくに働きもしないで昼間から酒場に入り浸り、何かあったら剣や魔法(力ずく)で解決しようとするような奴らだぞ?」

 青年の反論は口から出る前に蒸発してしまう。

 服の下で冒険者登録証(タグ)(かど)が青年の胸を引っかいた。おまえもその(はし)くれだ、とでも言うかのように。


冒険者(こんな奴ら)で魔王に対抗しようとか、【心労王】はバカなのか?」

()()()()()()()()!」

 青年の真似。微妙に似ているのが余計に腹立たしい。

 青年はグッと(こら)える。心を乱せば男の思うつぼだ。

 大きく息を吸って心を落ち着かせてから反撃する。

「『ロクに働きもしないで昼間から酒場に入り浸り、何かあったら剣や魔法(力ずく)で解決しようとするような奴ら』で魔王に勝てると思っているんだぞ?」

 今度は男が黙る番、という青年の予想を裏切って男が口を開く。

「戦争に明け暮れた【軋轢(あつれき)王】が()()し、【心労王】が(あと)を継いでから大きな(いくさ)は起きていない」

 先王は他国との関係を(こじ)らせるのが得意で、(とき)の声が聞こえない日はなかった。【軋轢王】が生きていたら農家の末っ子(青年)は今頃どこかの戦場で屍を晒していただろう。

「殺し合いをした相手を交渉のテーブルに着かせられる奴がバカだと思うか?」

「それは……だったらなんで役立たずを増やしてるんだよ!」

「何かがおかしいときは大抵最初から間違っている」

「最初から?」

 男は目を閉じて杯を鼻に近づける。こんな安酒、鼻をつまんで飲む奴はいても香りを楽しむ奴はいない。青年を焦らしているだけなのは明らか。

「【大賢者】の予言を思い出してみろ」


 ・暦が七十二回巡るまでの間に

 ・コインを三回投げて少なくとも一回は表がでるのと同じくらいの確かさで

 ・魔王が復活する恐れがある


「大層に聞こえるが、中身は『()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()』だぞ? 権謀術数に長けた【心労王】がこんなものを真に受けるわけがない」

「【大賢者】の予言がウソ!?」

「嘘は言っていない。魔王はいずれ復活する。それがいつかわからないだけだ。もしかしたら既に復活していて、どこかで酒でも飲んでいるかもしれんぞ」

「だったら冒険者に何の意味が……」

 男は手の中で器用に杯を(もてあそ)ぶ。

 青年は思わず杯の中で踊る酒を目で追いかけてしまう。

「【心労王】のおかげで平和になったが、いいことばかりじゃない。戦死することはないし、安心して子供を産める。その結果ヒトが増えている」

「いいことじゃないか」

 男が意味ありげに青年を見た。

「ヒトほど急に仕事は増えない。()()()()()()()()()()()()()

 青年の家は貧しい農家で、食べていくだけで精一杯だった。狭い畑は兄たちだけで十分耕せる。青年の肩身は狭かった。

「働かなくても腹は減る。でも金はない。そんな奴らが何をすると思う?」

 青年がうつむく。もしあのとき英雄亭(ここ)で働けなかったとしたら?

 万引き、食い逃げ、ひったくり。なんでもやっただろう。生きるために。

 男は酒の残りを(はか)るように杯をのぞき込む。

英雄亭(ここ)は昔、【銀の(はさみ)】という名の知れた商会だった。ゴロツキの集団に襲われるまでは。金品を奪われた上に火を着けられ、十三人が死傷した」

 青年は息を飲んだ。そんな所業は青年の『なんでも』には入っていなかった。

「そいつらは見せしめに処刑されたが、別の店が次々に襲われた。自暴自棄になった連中に脅しは通用しない」

 いつ、どこで、誰が襲われてもおかしくない状況。平和とは程遠い。

「【心労王】は黙って見てたのか?」

「まさか。事態を重く見た【心労王】はゴロツキ共に(かね)を与え、さらに『みかじめ料』を取ることを許可した」

「そんなことしたら縄張り争いで街がムチャクチャになる!」

 ゴロツキに金を払うだけでもどうかしているのに、その上火種をばらまくなんて正気とは思えない。

「その争いに他のゴロツキたちも巻き込まれて淘汰されていった。やがて生き残ったいくつかのグループで分け合う形で縄張りが固まった」

 杯に映る青年の困惑した顔が揺れる。

「ゴロツキがのさばっていることに変わりないじゃないか」

「ゴロツキの行動は変わった。下手に暴れればせっかく掴んだ【心労王(金づる)】の機嫌を損ねてしまう。金を払う限り縄張り内で騒ぎは起こさないし、起こさせない」

 青年の眉間に深い溝が生まれた。

「みかじめ料を払うくらいなら、冒険者を雇って守ってもらう方がマシだ」

 男はわざとらしく怪訝(けげん)な顔を青年に向ける。

「だからそうしているじゃないか」

 青年は正真正銘の怪訝(けげん)な顔を返す。

「生き残ったグループというのが冒険者ギルドだ」

 青年は耳を疑った。しかし男の含み笑いが聞き間違いではないことを告げている。

ゴロツキ(そんなの)は『冒険者』じゃない! 確かに『冒険者』も煙たがられてるかもしれないけど、もっと、こう……尊敬されている!」

 未踏の地に分け入り、千姿万態のモンスターをねじ伏せ、殺意渦巻くダンジョンを制する英雄。それが青年にとっての『冒険者』。

「そのイメージが欲しくて【心労王】はゴロツキと『冒険者』を意図的に混同させたんだよ。みかじめ料を払うのは嫌でも、冒険者に『()()』や『()()』を()()するのはそうでもない。『冒険者を雇って守ってもらった方がマシ』なんだろう?」

 青年は足元が崩れるような感覚に襲われた。

「……マジメに働くのがバカみたいだ」

「そうならないための『予言』だ。【心労王】も街の人も『魔王と戦う冒険者』だから金を出す。こんな訓練用のダンジョンですら成果を出せない奴に用はない」

 常に死と隣り合わせなのは『青年の冒険者』と同じ。

「店を襲って処刑される覚悟があればモンスターとも戦える。うまくいけば一山当てることも夢じゃない」

 男が杯で()した先では()()()()()()()()()()を囲んで盛り上がっている。

「しかし他に仕事があるなら、命を()けてまでやらんだろう?」

 男は服の上から青年の木片(タグ)を指先で突いた。

 軽く小突かれただけなのに青年の胸はひどく痛んだ。


「それじゃあ冒険者の育成に力を入れているのは――」

「お前のような奴が悪さをしないよう、ギルドに管理させるのが目的だろうな」

 青年の心がざわつく。

 【心労王】をバカにしていたが、その(てのひら)の上で踊らされていた自分は……答えは一つ。

「【心労王】は天才だったのか!」

 青年の自尊心を保つ結論。

()()()()()()()()!」

 逃げ道をふさがれた青年が男を(にら)む。

「天才が生まれてくるだけでも奇跡なのに、それが王子だなんて神々の悪戯(いたずら)でもなければあり得ん。知恵も力も乏しい大勢の凡人達が血の(にじ)むような思いをして、なんとか国を動かしているんだ。それを【心労王】一人の手柄にされては、その他の連中が浮かばれない」

 青年は顎に手を当てて考え込む。

 青年の顔がパッと輝いた。

「【心労王】も凡人……オレでも王になれるということか!」

 その笑顔を男が鼻で笑う。

「そういうことはちゃんと凡人になってから言え」

「オレがバカだってのか!?」

「バカでも相談に乗ってもらったら、礼くらいはするぞ?」

 男は残りの酒を飲み干し、空になった杯を振って見せた。

「オレを挑発してタダ酒を飲もうったってムダだ。そんな見え見えの手に引っ掛かってたまるか」

「わかった上で、あえて奢るのが凡人の(たしな)みってものだ」

 いつかこの男に一泡吹かせて凡人になってやる。青年はそう心に誓った。


 *


 ここは英雄亭。

 死者を(いた)んで生者が祝杯を挙げる場所。



つづく

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