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第五十五話 大蛇

 集落の人達から見送られ、新しくヴァルメの加わった三人は旅立った。しばらく進んでいくうち、熱帯地域を抜けていた。


「わぁ。見て見て! あれって植物なのかな? 不思議ー」


 アリスが指を指した先には、丸い玉のようなものが木から吊り下がっていた。蔦は高い木の幹に絡みついており、玉は煌々と森を照らしている。そんな不思議な光景が歩いているといくつも見られた。ハンナも目を丸くしてあたりを見渡す。


「ほんとに。なんだか素敵ね」


「うんうん。ヴァルメはあんまり驚いてないけど、見たことあるの?」


「別に。ないわよ。ただあなた達程幼稚じゃないし、こんな物にいちいち感動しないわ。なんならもっと変わったことだって、ここに来る道中見てきたもの」


 呆れ顔でヴァルメは先を急いでいた。


「もっとって、これより? なんだかほんとに、私が村にいた頃夢見てた冒険って感じ。ふふ。今まで大変だったし、なんだかこういうのって嬉しい」


「……そうね。ここまで来る苦労も忘れちゃうくらい、幻想的」


 アリスもハンナも、旅を続けてから初めてと言っていいほど、この不思議な体験に心躍らせていた。


「わ! このお花おっきいー! ハンナ見て、私とどっちが大きいかな?」


「んー? 明らかにアリスより大きいけど」


「いや、花びらと比べてよ!」


「えー……」


 目についたもの全部に興奮気味の二人だったが、ヴァルメに首根っこを掴まれ、物陰に身を隠す。魔物が見えたのだ。蜥蜴のような見た目のその魔物は大きさから見ても手強そうであり、交戦は避けたかった。過ぎ去ったのを確認して、アリスはホッと息を吐く。


「危なかったね。大きな魔物だったし」


「そうね。まあまず負けはしないでしょうけれど、こんな所でわざわざ体力を消耗する理由もないわ。先を急ぎましょう」


「うん」


 森を歩く程、今までと雰囲気が違うことが感じられる。アリスもハンナも、魔物に注意を払いつつもやはり心を弾ませていた。


「あ、ハンナ。今綺麗な蝶々いたよ」


「ほんと? 見逃しちゃった」


「何か可愛いの見つけたら、ヴァルメにも教えてあげるね」


「いらない」


 不意に、先を歩いていたヴァルメが立ち止まった。二人も足を止める。


「どうかした?」


「これ、何の痕かしら?」


 ヴァルメがしゃがんで手のひらを乗せた地面には、何かが擦れたような痕があった。それが先へ長く続いている。


「ほんとだ。もしかして、魔物?」


「だとすれば、危ないかもね。こんなに大きな魔物がいたら、私達じゃ勝てるかどうか……」


 アリスとハンナの会話に対し、ヴァルメも首肯した。


「ええ。一旦離れましょうか。迂回してでも、この周辺を歩くのは避けた方がいいみたいね」


「ヴァ、ヴァルメ……後ろ……」


 ヴァルメが身を翻すが、アリスとハンナはその背後を指していた。


「どうかした?」


 彼女が向き直れば、こちらを見る巨大な生物と目が合った。大岩ほどに大きな鱗に、その鱗に見合うだけの巨大な体を持つ蛇である。ヴァルメですら、その異様な雰囲気に一瞬たじろいだ。白の体表に金色が模様として映える、神秘的な雰囲気を漂わせる外見であるものの、むしろ重圧感と恐怖心の方がより煽られる。黄金に光る眼光が、彼女たちを明確に獲物として捉えていた。蛇の体重で枝が折れる音が聞こえる。三人で目配せした後、急いで駆け出す。戦うのは困難だと判断したのだ。


「な、なにあれ!? 冠災!?」


「知らないわよ!」


 三人が逃げ出したのに合わせて、蛇の方も追いかけてくる。ずるずると地面を引き摺る音が背後から聞こえる中、その音を突き放そうと走り続ける。しかし気づいた時には、蛇の頭が三人の前にまで来ていた。蛇は予想以上に速かったようだ。


「アリス!」


 アリスの目の前に来た蛇は、その大口を開けて彼女を食らおうとする。アリスは突然目の前に現れた蛇に反応できず、回避は困難だった。鋭い牙が光を反射しながら、彼女へと迫っていく。そこへハンナが割り込んで剣で受け流しつつ、アリスを抱きしめて避難させる。


「ありがとう、ハンナ……あ、腕……!」


ハンナの左腕は傷が走り、血が流れ出ていた。


「大丈夫。浅いから何ともないわ。それより、立ち止まってる時間はないみたい」


 アリスとハンナは再び蛇から距離を取るように走り出す。蛇の隙をついてヴァルメが槍を突き立てたが、大した傷はつけられない。攻撃は無駄であると判断し二人に並走した。


「あれを倒すのは、流石に難しいわね。それに速い。アリス、あなたの電撃で牽制をかけられない?」


「やってみる」


 アリスは後ろへ意識を向け、手を伸ばして電撃を放った。蛇に直撃し、一瞬怯ませることには成功したものの、追跡は止まらない。アリスは再び攻撃したが、もう慣れられたようで今度はほとんど動きを止められなかった。

 一瞬の怯みで開けることのできた距離も、じわじわと詰められていく。


「みなさん! こっちへ!」


 蛇に追いかけられる中、聞き慣れない声が響いた。アリスが声の方へ目をやると、三人へ手を振っている少女の姿が見えた。


「ヴァルメ、あっち!」


「分かってる!」


 少女が何者かは分からなかったが、この状況では縋るしかなかった。三人が少女の元へ辿り着くと、少女は樹へと手を当てる。彼女の触れた樹の形がみるみると変容していき、意思を持つかのようなそれは蛇を阻むように立ち塞がった。


「こちらへ付いてきてください!」


 逃げながら少女は樹に触れて操り、蛇の進行を邪魔していく。先程までとは違い、もう追いつかれる気配はなかった。次第に距離も離れ、大蛇は諦めたのかゆっくりと去って行った。


「はぁ、はぁ。あの、あなたは? それにあの蛇は何?」


 息を切らしつつも、アリスは湧き上がる疑問を目の前の少女にぶつけた。


「まずは安全な場所へ行きましょう。歩きながら説明します」

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