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第五十三話 出発

「さ、これでいいだろう」


 しばらく日を置いて、バッシュ達を解放する日が来た。集落から離れたところにグリム達を連れ行き、ザグロがバッシュの縄を解く。


「すまない。信じてくれたこと、感謝する」


「こちらとしても後がないからな。お前を信じる他ないというのもある」


 アリスはその様子を少し緊張を交えながら見つめていた。


「大丈夫……だよね? 今になって少し不安になってきた……」


「あんた、意外と心配性よね。今更心配してもしょうがないでしょ」


「そ、そうだけど……! 懸かってるものが大きいと言うか」


 集落の今後が決まる決断である。アリスの不安感も日を追って増していた。そんな二人のやり取りを聞いていたヴァルメが、アリスの肩をポンと叩く。


「わ! ヴァルメ?」


「私は確かに反対したけど、ここから更に集落が他のグリムに襲われるのは避けたい。それも事実よ。あなたただって、そう思ったから彼を信じたんでしょう?」


「……うん。そうだね。ありがとう、ヴァルメ」


 返事も返さずすんと顔を戻すヴァルメに苦笑いしつつも、アリスの気持ちは少し落ち着いた。もう一度、バッシュの方を見る。彼と目が合った。バッシュは力強く頷いて見せた後、グリム達を連れてその場を立ち去っていった。


「ファルは、最後に何か言わなくて良かったの?」


 言いながらアリスが視線を落とすと、ファルの笑顔が見えた。


「はい。感謝の気持ちは伝えたし、あの人もきっと分かってくれたから」


「そっか」


 


 また数日が経過した。集落内のあれこれも大方一段落し、アリス達は出発の準備をしていた。


「アリスさん達が来てから色々あってなんだかあっという間な気がします」


「だよな。もうちょっと居てもいいんだぜ?」


 ファル、そしてロイドが三人との別れを惜しんで言葉を交わしていた。


「そうだね。私も寂しい。この集落も、前の村も、本当に良いところだもん。後ろ髪引かれる思いっていうやつ」


「アリス、後ろ髪長いものね」


「そう言う言葉じゃないでしょ」


 珍しいハンナの冗談に笑いが起きた。ヴァルメは憮然としたままだったが。


「私達も出来れば急ぎたいから。あなた達も、これからはもっと厳しい旅になるかも知らないから気を引き締めなさい。なにしろ次に行くのは統都エンゼールだもの」


「うん、そうだったね。ただエンゼールって天使が治めてるんでしょ? 私達天使に直接会ったことないから、ピンと来ないんだよね。統率とれてるとか、後は感情がないみたいだとか。そんな話は聞いたことあるけど」


 目を見合わせるアリスとハンナに、人差し指を立てて、ヴァルメは説明を始めた。


「そうね。彼等は統率がとれている。というよりも、自分達の輪を乱さないことに異常な執念を持っているようにも感じられるわ。恐らくもっと大きな目標の為なんでしょうけど、あそこまで行くと狂気すら覚える」


 ヴァルメの言い方にアリスは首を傾げた。


「ヴァルメは、天使を見たことあるの?」


「ええ、ちょっとね。さっき感情が無いみたいって言ってたけど、あるいは本当に無いのかもね。それくらい冷たい目をしてるわ」


「目の冷たさならヴァルメもいい勝負かもね」などと軽口を言ったアリスは、案の定ヴァルメに頬をつねられた。


「魔族とは結構違うんですね」


 ファルが呟いた。ロイドもそれに首肯する。


「だよな。あいつらはなんだか全部自分のためって感じだったし。天使もてっきりそんな感じだと思ってたが」


「というか、そんなやつらがいる所に行って私達大丈夫なの? 話を聞いてる限り仲良くなれるような相手だとは思えないんだけど……」


 ハンナが前傾に姿勢を倒して不安の声をあげる。アリスは頬をさすりながら共感していた。


「そこは平気。ここ十数年、人間と天使は協定を結んでるの。お互い積極的な対立関係は持たないとしてね。これもアースフィルムの奮戦あってのことよ。だから私達でも天使の懐に入ることはできるわ。別に長居するわけじゃあないし、気を付けていれば危険ではないはず」


「そっか。なら良かったね、ハンナ」


 ほっと息を吐くアリスに、ヴァルメは「ただ」と付け足す。


「あいつらが人間をなんとも思っていないのもまた事実。良くてただの労働力ね。あいつらは数が少ないから、人間はあくまで利用価値があるだけ。……そのことは心に留めておきなさい」


 真剣なヴァルメの言い草に、アリス達は固唾を飲んで頷いた。


 静まった空気感の中、外から声がかけられる。ザグロだ。戸を開けると、小ぶりの袋を持つ彼の姿があった。その袋を強調するように手で持ち上げた為、アリス達の意識も自然とそちらへ向いた。


「ザグロさん。どうしたんですか? その袋……」


「ああ、旅立つ前に渡さないといけないものがあるだろう? さ、受け取ってくれ」


 すっと渡されたその袋を、アリスは広げてみる。中には柔く七色に色相を光らせる丸い石のようなものがあった。


「え、綺麗! これ、私達に?」


 「ペドレリアーギラという鳥から取れるものでな。都市部では高価で取引されるらしい。持っていってくれ」


 ヴァルメが横から顔を近づけ、袋の中を覗き込む。感心したように息を呑んだ。


「これ、かなり希少なものよね? 私でも聞いたことあるけれど、本当にいいの? 確かに報酬としては十分だけれど……」


「勿論だ。集落の危機に命を張って戦ってくれた。あんた達がいなければ、勝てなかっただろう」


 ロイドも横で頷いた。


「おう、間違いねえ。お前らには助けられたんだ。遠慮すんなよ」


 背中を叩かれて、アリスも感謝を笑みで表した。そんな暖かい空気感を噛み締め、これからの旅路に覚悟を決める。

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