第五十話 申し出
「ああ……では、私からの話をしてもいいだろうか?」
タイミングを見計らってザグロが言うと、ヴァルメは咳払いを挟んで頷いた。
「ええ、構わないわ。さっきそう言ったじゃない」
「ああ、そうだな……。すまない」
ザグロの肩に、アリスの手が触れる。
「謝れる大人って素敵だと思います」
「アリス殿、そう慰めるようなの目で見ないでくれ……」
「ほら、なに話してるの? 早く本題に移りましょう」
ヴァルメの言葉にザグロはぎこちなく首肯した。
「そうだな。さっきも言った通り、グリム達の処遇についてなんだが」
「ええ、ずっとこうして捕まえておくわけにもいかないものね。それで、どう言う方針でまとまったの?」
「昨日の話し合いの中では、彼らを解放してもいいのではないかと言う声も多かった」
アリス、ハンナ、ヴァルメ。三人とも、驚いた顔でザグロを見た。特にヴァルメは納得いかない様子で、一歩前に出る。
「解放するって……全員? そんなことして、彼らがまた攻撃を仕掛けてきたらどうするのよ。そのために全員逃さなかったんじゃないの?」
詰め寄るヴァルメの勢いに気圧され、ザグロは少し後退りする。
「ああ、もちろんだ。あくまでそう言った意見も多かったというだけで決まったわけじゃない。だからこそあんた達の意見も聞きたいんだ。……とりあえず、彼の話を聞いてみてくれないか」
ザグロがバッシュに話を振ると、三人の視線もそちらに向いた。中でもヴァルメは目を細めて怪訝な様子を露わにしていたが、アリスとハンナだってあまり納得はいっていない。その不安を拭うのか、増幅させるのか。バッシュの発言次第という雰囲気であった。
「で、話って? どんな言い訳を考えたのかしら。聞いてあげる」
「お前達は報復を恐れてるようだが、オレ達グリムは恨みを積もらせたりはしない。仲間意識というのも人間に比べればおそらくほんどないようなものだ。今回人里を襲ったのも八大貴龍の命令に従った結果だからな。オロバがいなくなった今、オレがあいつらを率いれば二度と人里を襲うようなことはしない。どうか見逃してくれ」
下げられた頭を見つめるヴァルメの目は、まだ冷めたままだった。
「どんなことを言うかと思えば、ただの命乞いじゃない。言ってることに確信が持てない以上、解放するなんて断固認めない」
青筋を浮かべるヴァルメを諌めるように、アリスが間に入った。
「まあまあ、そんなに熱くならないでさ。私が言うのもなんだけど、感情的になっちゃ話がまとまらないよ。ね?」
ヴァルメは不本意そうな顔を浮かべたものの、その場の空気は軽くなったようでアリスはほっと一息吐いた。
「あなたに言われなくても冷静よ。ただ彼らの言い分が一片たりとも信用ならないって、あなただって分かるわよね?」
「うぅ。それはそうだけどさ……。だけどほら、ザグロさん達が信用した何かが他にあるんじゃないかな?」
アリスがザグロに目を向けると、彼は重々しく頷いた。話を促すように、バッシュの方を見る。
「ああ、それだけじゃない。オレ達がこの集落を襲ったのは八大貴龍の命令だったという話はしたな。それにオレ達は失敗した。しかし問題は別にある」
「別?」
「そうだ。お前達が殺したオロバ。オレ達をまとめていたのはあいつだが、グリムの頂点ではない。オレ達をまとめるように大首領から任じられたんだ」
アリスは思わず目を丸くした。戦いを思い返してみても、そんな印象は抱けなかった。
「嘘!? あんなに強かったのに……?」
「オレ達はあくまでその集団の一部だ。それを率いていたのがオロバだったというだけでな。だから、もしオレ達が戻らなければ偵察を送ってくる可能性もあるだろう。オロバはグリムの中では上位の強さを持っていたからな。貴重な駒を奴等がみすみす逃すとも思えない。この辺を捜索されれば、再びこの集落が襲われる可能性も考えられる」
三人も、それを聞いて考え込んだ。ヴァルメは「でも」と続ける。
「それが本当だとして、どうしてあなた達を解放することに繋がるの? むしろ危険じゃない」
「いや。オレ達が戻ってオロバの死を伝えれば、あいつらもそれ以上深追いはしないだろう。どこかの都市の部隊に見つかって襲われたことにでもすればいい」
「それだったら、確かにザグロさんの言ってることもわかるかも……」
ハンナが呟く。アリスも彼女とおおよそ同じ印象を受けた。ただ、ヴァルメは依然として厳しい目を向けている。
「そんな話、本当かどうかも怪しいわね。 第一もしそれを信じるとして、あなた以外のグリムを解放する理由もないじゃない。彼らがあなたの言う通りに沈黙を守るとも限らない。あなたが他のグリムを助けようとする理由は? まさか情があるなんて言わないわよね。あなたの言葉と矛盾するもの」
「オレ一人の発言なんて信用されるか分からない。だからあいつらにも口裏は合わせてもらう必要がある。それにオレは別だ。グリムの中で、オレだけはあいつらのようにはなれなかった。どうしても殺生には慣れなくてな。それにオレも、お前達に恨みは抱いちゃいないさ。だがあいつらには情も湧いてしまった。この集落が襲われるのも、オレからすればこれ以上あっては欲しくない。恐らくはお前達人間ほどの非情さも持ち合わせられずに生まれてしまった、いわば出来損ないなんだ」
「それ、どういう意味?」
眉間に皺をつくり、ヴァルメは苛立ちを見せる。
アリスはまだ迷いの残る目をハンナの方に向ける。その視線に気づいた彼女は、一歩前に出て向き直った。彼女なりに何か決めたようだった。
「私、解放してもいいんじゃないかと思う」
「本気!?」
ヴァルメが前のめりに問いただす。アリスも、彼女のその意志の強い表情には少し驚いた。ハンナにしては気が急いた決断のようにも感じられたのである。
「うん、本気。バッシュが嘘をついてるようには私には見えないし、彼の言ったことが本当なんだったら早くしないと間に合わないかもしれないでしょ? もちろん決めるのは集落の人たちだけど、私は彼らの判断を信じる」
「ハンナ……。そっか。なら私も、ハンナを信じる。実際ファルのことも助けてくれたし」
アリスがハンナの隣に立った。ヴァルメは頭を押さえて俯く。
「そうは言うけれどね……。他のグリムが裏切らない保証もないじゃない。それにここで逃せば、また他の集落が彼らに襲われるのよ?」
それにはバッシュが首を振った。
「その心配は要らない。もうオロバを失って命令にも背いたオレたちに奴は興味を持たないだろう。殺されるか、追放されるかのどちらかのはずだ。オレはここで殺されるのを待つより、その賭けに出たい。他のグリム達も同じ扱いを受けるだろうし、そもそも小さな集落に返り討ちにされたなどそちらの方が大きな失態となり、オロバを守れなかったオレたちは皆殺しだ。それを分かってわざわざ口を挟むものはいないだろう」
「ヴァルメ殿、私もそこまで人を見る目が無いわけじゃあない。嘘をついている者の顔くらいは分かるつもりだ。だからこそ今回の戦いではあんた達に助けを求め、その判断は結果的に正しかった。どうだろうか、ヴァルメ殿。ここは彼を信じると言うのは」
ザグロの目が真っ直ぐにヴァルメを見る。




