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第四話 情けない自分(side.アリス・ローレン)

 「見たことがあるぞ。その力」


 ベルはそう言って、私へと近づいてくる。


 「あの女と同じ力だな。だがまだ未熟とみえる。今のうちに殺しておくか」


 「ひっ……!」


 逃げたいが、疲労で体が動かない。こんなところで死ぬ訳にはいかない。死にたくない。なんとかこの男から離れないと。しかし疲労のせいだろうか。私の手足はすでに動かない。私の感情に呼応するように、震えるばかりだ。


 「用事を済ませるついでに小さな村を一つ滅ぼすだけのつもりが、これは拾いものだな。」


 彼の手が、私に迫る。不意に、私の体が持ち上げられた。クロッツが私を抱えたのだ。


 「クロッツ?」


 クロッツは何も答えず、そのまま走り出す。ハンナとターナーも後ろを警戒しながら並走している。


 「なにしてるの! 私はいいから、はやく逃げて!」


 無論、死にたくはない。死にたくはないが、それ以上に皆を巻き込みたくなかった。


 「何言ってんだ! 早く逃げるぞ! ちょっと静かにしてろ!」


 「だから、私なんて背負って逃げてたらあいつに──」


 「アリス。私たちからしたら、あなたを置いて逃げるなんて選択肢はないの。あなたが私たちに死んでほしくないのと同じでね。」


 クロッツに抗議する私へと、ハンナがそう諭す。自然と、涙が溢れた。今この場にいる4人が繋がっているような、場にそぐわない温かな感覚を覚えた。そんな自分に嫌気がさしてしまうような、絶望の渦中であっても。


 「しかしアリス! さっきのはなんだ? ほら、お前が出した攻撃……あんなの見たことがない」


 ターナーが尋ねてくる。しかし、どう説明したらいいのか分からない。私だって全てが突然で、頭が回らないのだ。


 「そんなことは後でいいだろ! 今は逃げることに集中しろ!」


 クロッツがターナーへと叱咤する。


 「ああ、悪い。そう……だな」


 ターナーは歯切れ悪く言った。当然だろう。こんな状況では、本当に後があるのかと考えてしまうのも無理はない。


 「ねえ、でもやっぱり……私は」


 置いていってと、そう言おうとした。しかし次にとんできたのは、ハンナの平手打ちだった。


 「何回言ったらわかるの!? 私たちは、あなたを死なせたくないの! 自分勝手なこと言わないで!」


 ハンナは、泣いていた。きっと私も泣いていたと思う。クロッツもターナーも、意思のかたい眼差しで前をみていた。


 前方から手を叩く音が聞こえてきた。その音で前を向けば、ベルが立っている。あまりの衝撃に、私たちは全員硬直してしまった。先程まで、追いかけるそぶりすら見せていなかったのに。


 「どうして……」


 「どうしてって。当たり前だろ。お前たちの速さなんて、俺にしてみれば気が遠くなるほど遅いんだからな」


 この男は、そもそも悪魔は格が違いすぎる。これでは逃げるなんて、きっと不可能だ。


 「いいものを見せてもらった。人間が咽び足掻く様はおもしろいよ、ほんと。矮小でみすぼらしいお前達雑魚どもがその気になっていたのは、随分と滑稽だった。うん、その礼として嬲ってやろうか」


 次の瞬間には、ベルは私の目の前に来ていた。そのままクロッツを殴り飛ばす。クロッツが吹き飛ばされ、背負われていた私も一緒に飛ばされた。


 「軽くやったんだけどな、やっぱり人間相手には加減が難しい」


 ベルが私の目前へと降り立つ。ベルは右手で、クロッツの首を絞めつけていた。


 「あぐっ……アァ」


 クロッツは苦しげにもがくが、ベルの腕はびくともしない。


 「今すぐこいつを殺されたくないのなら、邪魔をするな。」


 ベルの言葉で、ターナーとハンナも動けなくなる。その反応に口角を震わせ、冷たい目で私を見下ろした。


 「なぜ貴様がその力を持っているかは知らんが、ただでは殺さんぞ。何か申し開きはあるか? ん? 内容によっては、このガキは楽に殺してやるぞ?」


 ベルは、私がシリスにもらった力を使ったときから何度も似たようなことを言っている。シリスを知っているのだろうか。因縁があってもおかしくはない。


 「この力を貰った人のことを……話します。その、彼女の居場所……」


 当然シリスにあったのはあれ一度きりだったため、特に何かを教えることもできないが、彼はシリスについて執拗に関心を示している。とにかく今は、時間稼ぎしか出来なかった。


 「あの女の……? まだ生きているのか? 話せ。やつは今どこにいる」


 思ったとおり、食いついた。だが、私もシリスの居場所など知らない。第一、彼女は恐らくもう生きていない筈だ。嘘をつこうにも、咄嗟にどこか地名が出るほど私は世界について詳しくなかった。


 「えっと……それは……」


 「……嘘か。ちょっとは期待していたんだがな」


 そう言ってベルが私の首へと腕をのばす。まずい。このままだとクロッツも私も、ハンナやターナーだって殺されてしまう。


 ベルの手が私へととどく一歩手前で止まった。クロッツの首を握っていた手が斬られ、両断されていた。ベルの血相が変わる。


 「遅くなってすまない、アリス。無事で良かった」


 ベルの腕を斬ったのは私の父、オッドであった。


 「パパ……?」


 父が若いころ旅をしていたというのは知っていた。しかし、ここまで強いだなんて思っていなかった。悪魔の腕を切り落とすなんて、父は一体……。


 「やってくれたな。やってくれたな貴様ァ!」

 

 ベルの腕が再生していく。そうだった。上位の魔族は驚異的な再生能力を有している。それも人間が魔族に勝てない原因の一つだ。


 「ハンナ、ターナー。2人を連れて逃げてくれ。ここは私が食い止める」


 父が2人へとそう頼む。私は体力が尽きて動けないし、クロッツも気を失っている。


 「けど……」


 無茶だ。父一人で悪魔と戦うなんて、はっきり言って無謀でしかない。人間と魔族には、とてつもない力の差があるのだ。


 ハンナが私を、ターナーがクロッツを抱えて逃げる。


 「パパ!」


 「大丈夫だ、アリス。父さんは絶対に死なないよ」


 父はその後姿が私から見えなくなるまで、振り返ることはなかった。後には私の叫び声だけが虚しく響いた。



 その後、村から出たときには、私とハンナだけになっていた。途中で魔物の残党に襲われ、クロッツたちとはぐれてしまったのだ。必ずまた落ち合おうとターナーは言ったが、無事に逃げられるかも分からない。


 村と外の境で、沢山の人が死んでいた。村の警備をしていた者、逃げ切れず殺された者。どれも知っている人達だった。昨日まで話していた人達もいる。私の晴れ姿を見るのが楽しみだと言ってくれていたミシェルおばさんも、庭の花壇を見ているだけで怒鳴り上げるけれど私の成人には花を贈ってくれた気難しいフリックおじさんも、物言わぬ姿となって地面に伏していた。


 私はただ自分が情けなかった。悲しかった。力をもらっても結局、何も守れなかった。自分を責めることしかできないこの状況もなにもかも、ただただ悔しかった。


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