第四十六話 月の模様
「お、おい。オロバさん、あれ死んじまったぞ……? どうすんだよ、これ……」
「こんなはずじゃなかったろ……。オロバさんを倒しやがった三人もまだピンピンしてやがる。ど、どうしろってんだ!」
要であるオロバを失い、グリム達がざわめき出す。武器を捨てて逃げ出そうとするものまで出てくる始末であった。
「敵の首領は討ったわ! 残った敵は全員逃さないで!」
ヴァルメの檄を皮切りにして、アリス達の勢いはさらに増した。士気の削がれたグリム達ではすでに太刀打ちできる状態ではなく、次々と戦力差は開いていくばかり。遂には逃げ出そうとするものもいなくなり、戦意を失ったグリム達は縄にかかることとなった。
戦いが一通り落ち着いた頃、アリスはヴァルメの側へと近寄った。戦いの決着が着いた後は手持ち無沙汰であったし、少し聞きたいこともあったのだ。
「ねえねえ、ヴァルメ。捕まえたグリムだけど、どうするの? た、食べるなんて言わないよね!?」
「バカなの!? そんなわけ無いでしょう!?」
珍しく目を丸くして驚くヴァルメの反応に、アリスは安心するとともにほっと息を吐いた。グリムを捕まえた意図が分からなかったため、少し素っ頓狂な不安に駆られていたのだ。ここまで緊張が続いていたため、その糸が解けて気が楽になったというのもあるだろう。
「だ、だよねー……。いや私も流石にまさかそんなことないとは思ってたんだけどさ、どうするのかなって。……ちょっと!? なんか距離とってない!?」
「いきなりそんな話題出されれば誰だって引くわよ……。そうね、捕まえたグリムをどうするかは私には分からない。集落の人達が決めることだから。でもあのまま一部でも取り逃がせばどうなるか分からないから、あの場では逃すという選択肢はなかったし。そうは言っても無抵抗の相手を殺すのはみんな憚られたみたいだから、とりあえずって感じね。ただまぁ、魔物である上に実害も加えてる。報復を考えないとも限らないし、軽い処遇に収まるってことはないんじゃないかしら」
「うーん、そっかぁ。でもこれで、とりあえずナルアラは大丈夫ってことだよね? 集落の人達も安心できればいいな」
アリスが周りを見渡すと、先程まで戦っていた人達の張り詰めた雰囲気も多少和らいで見えた。
「ええ。まだ全体像が見えたわけじゃないけれど、一段落ついたってところかしら。とは言ってもまだ油断は――」
そんな話をしていると、周囲が少々騒がしくなった。二人が周りへ視線を移してみれば、ちょうどグリムに捕まっていた人達が再び戻ってきたところであった。救出成功を伝える狼煙の方に人を送り、こちらで合流する手筈になっていたのだ。
「ハンナ! おかえり!」
アリスが手を振ると、ハンナもそれに気づきそちらへ歩みを進める。彼女も一時護衛として狼煙の方へ向かっていた。
「アリス、そっちはどう? 見たところは問題なさそうだけど……」
「うん、平気だよ。今ヴァルメとこの後のこととか話してたんだけど、捕まってた人達が無事みたいで良かったよ。ヴァルメは多分大丈夫だって言ってたけどさ、やっぱり心配で」
ハンナも首肯する。捕虜の救出も、グリムの撃破も、なんとか成功と言える形に収まった。合流した集落の人々が口々に、再開の喜びと助かったことへの安堵の気持ちを交わし合う。一時、その場は歓声と感涙に包まれた。
「助かった! 本当にもうダメかと……!」
「助けが遅くなってごめんな……。無事で良かった……」
そんな彼らの様子に、アリスも心が温かくなった。今この空間が平穏であることが、アリスには特別なもののように感じられる。だからこその、感慨であった。
「それにしても」と、思案する様子でヴァルメが顎に手を当てる。
「魔族があんな能力を使えるだなんて……。正直言って聞いたことがなかったわ。確かに私たちの持つ顕現よりは精度の劣るものだったけれど、魔族が持てば十分脅威になり得る。それにグリムの首領が最期に言った言葉だけど、あれも気にかかるわね」
「最期って?」
アリスが不思議そうに尋ねる。オロバを倒した際は周りの音も大きかったため、彼の言葉は1番近くにいたヴァルメにしか届いていなかった。
「掠れた声だったからしっかりと聞き取れたわけじゃないわ。ただ、なんだか意味ありげだったから、ちょっとね」
「そろそろ、集落に帰るぞ。やることは終わったし、他の魔物が襲ってこないとも限らん。それに、ザグロさんの方も気がかりだしな」
一通りのことが済んだようで、ロイドが三人にそう声をかけた。
「ええ、そうね。もっともあなた達を待ってたんだから、言われるまでもないけれど」
「ヴァルメ……ちょっと棘抜けてきたと思ってたけど……」
「どうかした?」
「いや、別に……」
「そう? まぁ、どうでもいいけど」
ヴァルメはそのまま戦闘に際して被っていたフードを頭からはずし、集落の方へと向かって足を進めようとする。その時靡いた彼女の髪の隙間から見えたものに、アリスは驚いた。アリスと同じ月の形をした印が、ヴァルメの首筋に見えたのだ。
「あっ……!」
思わずアリスが声に出すと、ヴァルメは振り返って怪訝な目を向ける。
「何?」
「え、いやぁ……だから、別になんでもないって!」
明らかに何か誤魔化そうとしているアリスの笑顔に彼女は目を細めるが、特に追求することはなかった。一安心して冷や汗を拭うアリスに、次はハンナが疑問の目を向ける。
「アリス、どうかした?」
「うん……。それがさ」
アリスはハンナに耳打ちで自身が見たものを伝えた。ハンナも驚いた顔を浮かべて、ヴァルメの背へと視線を移す。
「じゃあ、ヴァルメって……」
「……そうだと思う」




