第四十四話 野望の行先
「チッ、体力を温存しようと加減しすぎたか……。調子に乗るなよ人間。そろそろ終わらせてやる」
オロバが再び力を込めれば、土塊が伸びてアリス達を襲う。彼女達がその対処に手間取っているうちに、更に斧で追撃を仕掛ける。アリスは土塊を錫杖で弾きつつ、オロバの斧もそのまま杖で受け止める。防ぐことはできたものの、不完全な姿勢で受けてしまったために大きく後ろへと飛ばされた。
「うっ……」
アリスは地面に打たれる寸前でなんとか受け身の姿勢を取り、オロバのいる方向へ手先を向ける。ヴァルメとハンナからの攻撃に意識を向けているオロバへと、アリスの電撃が飛ばされた。オロバはそれ自体は避けることが出来たが、意識外から放たれた攻撃に対し気付くのが遅れたため、躱す際の動きがどうしても大きくなってしまう。そこにすかさず二人が武器を振るう。ハンナの剣は斧に弾かれたものの、ヴァルメの槍がオロバの右脇腹を浅く切った。オロバは苦い顔で斧を大きく振り、三人から距離を取る。アリスは先程背を地面に打った衝撃がまだ残っており、咳が込み上げてきた。
「アリス、大丈夫?」
「うん。平気だけど、正直さっきのは危なかったかも……」
「ええ。あんな攻撃直接くらえば勿論、下手な受け方をすればそれだけで致命的な一撃に成りかねないわね。けれど今こちらが優勢なのも事実。さっきハンナが与えた傷が癒えてしまう前に、倒し切りましょう。油断さえしなければ勝機は十分よ」
ヴァルメの言葉を受け、アリスとハンナそれぞれの武器を握る手に力が入る。オロバとしても、これは思わしい状況とは呼び難かった。戦局を打開しようと、近くで戦っているグリムに声をかける。
「おい、捕まえた人間をここに持って来い! 人質を使えば、奴らの勢いも落ちるだろう。今度こそ終わりだ。そこを叩き潰してやる」
命令をきいて走り出すグリム達の背を眺め、ヴァルメは不敵な笑みを浮かべた。一方で、オロバはこれで形勢が変わると確信を持っていた。更に言えば相対する三人のうち一人でもそれを止めに行こうとすれば、残り二人程度ならばどうにかできる自信があったのだ。しかしわざと周りにも聞こえるように命令を発したにも関わらず、彼女達に動揺が見えないのを見てオロバは疑問を抱いた。それどころか、グリム達を追う素振りもなく自身へと向かってきたのだ。
オロバの考えが纏まらないうちに、彼女達は各々武器を振るっていた。オロバの振るう斧も、土塊での攻撃も、もはやそう容易く当たらない。今の拮抗した力関係では、体力消費の多いオロバの方が先に力尽きる。ここに来て訪れた命の危機に、彼は焦りを見せ始めた。
「なぜだ! 貴様ら、捕虜の解放も一つの目的であるはずだろう! 一体何を……!」
アリス達からの猛攻を凌いでいる矢先、オロバの視界に狼煙による煙が映った。
「あれは……」
それと同時に、ハンナの剣がオロバの首を掠めた。こちらも浅い傷だが、逆に言えば攻撃が届くまでにオロバの体力が消耗していると言う証明でもある。決着は間近のようであった。
「なぜ……オレが人間に追い詰められているというのか? それにあの煙は……」
そこへ、先程捕虜を連れてくるよう命じられたグリム達が戻ってくる。しかし、オロバの顔に余裕が戻ることはなかった。彼らが、命令通りに捕虜を連れていなかったからだ。
「すまねぇ! 逃げられてた! こいつらいつの間にか、捕まえてた人間どもを逃してたんだ!」
「なんだと!? まさか、いつの間に……。いや、ではあの煙は……!」
彼らの様子をヴァルメが笑い、口を開く。
「そう。あれは捕虜を全員逃すことに成功した合図よ。元々あなた達が彼らを簡単に殺さないだろうとは思ってたから。理由は分からないけれど、生きた人間が必要なのでしょう? ただ、追い詰められればそういった手も取るだろうと思ってた。だから一度目の奇襲の後、私達の襲撃とほぼ同時に捕虜の救出を狙ったの。救出の方は思った以上に上手くいったけれどね。それに捕虜を連れ出そうとグリムの数を少しの間減らしてくれたのも助かったわ。まあ所詮魔物は魔物。その程度しか考えが回らない、残念な頭しか持ち合わせていなかったみたいね」
ヴァルメの煽るような物言いに、オロバは次第に歯を食いしばり怒りの形相を露わにしていく。怒りが最大にまで達した彼は、ヴァルメに向かって斧を振り上げて駆け出した。
「貴様ぁ! 人間風情がこのオレを愚弄するか!」
怒りに任せた、直線的な攻撃だった。ヴァルメはお互いの持つ武器の柄同士をすり合わせる形でそれをいなす。体勢を崩されたオロバに、更にアリスの電流が襲いかかる。オロバの叫びが戦場全体に響いた。
「つまらない挑発に乗ったわね。もう少し冷静に動かれればもっと厄介だったでしょうけれど、こうなってしまえばもう関係のない話ね」
ヴァルメの槍が、オロバの胸部を穿った。吐血して尚ヴァルメを睨み続けるその凄惨な姿に、アリスはつい目を逸らしてしまう。
「オレが……オレこそが、八大貴龍に……その上に……。絶対的な……力を……」
勝負が決し、その波が戦場を駆け巡る中に、オロバの掠れた声はその野心と共にして飲み込まれるように沈んだ。




