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第三十九話 憎しみの行き場

「そう……。けど、このグリムは助けられない」


「アリスさん? で、でも出来る限りのことはしてくれるって……」


 止められて尚もそれを拒否するアリスに、ファルは不審な目を向ける。


「このグリムは強いし、自由にしたら何するか分からない。それに今なら分かる。このグリムがファルを逃したのは、私たちを誘き寄せるためだったんだよ。だって、こいつは私達の作戦が分かってた。私達が来るって事前に知ってたからだったんだよ。私やザグロさんに深い傷を負わせないようにしてたのも、生捕りにするため。このグリムは悪いやつだよ」


「だけど……」


 アリスは毅然として変わらない。バッシュを見逃すつもりは到底無かった。険悪な雰囲気が続く。すると、近くで話を聞いていたハンナが歩み寄って来た。ひどく困惑している様子だ。ハンナは、アリスがこんな取り乱し方をするのを見たことがなかった。


「……アリス、それは……いくらなんでも強引じゃない? だってほら、私達を誘き寄せるためにファルを逃したのなら、他のグリムもそれを知ってるはずでしょ? 殺意がなかったのだってもしかたら――」


「ハンナ? まだ残ってる他のグリムを倒さないと。ハンナは早く戦いに戻って」


 「もう戦いは終わったわ。私達の勝ち……。残ってるのは、そのグリムだけ」


 バッシュはそれを聞いて、周りを見回した。他のグリム達が倒されているのが目に入った。自身の力が及ばなかったことに、いささか神妙な面持ちを浮かべる。それと同時に、アリスの錫杖を握る手に力が入った。


「……そっか」


「アリス!」


 アリスが錫杖を振り下ろそうとするのを、ハンナが止めた。アリスはバッシュを見据えながらも、ハンナに憤る。


「これで最後なのに、なんで止めるの?」


「……どうして、そんなに焦っているの? もう少し話してからでも……。勝負は決してるんだから、ファルに話をさせてあげるくらいはできるじゃない」


 アリスは歯を食いしばって俯く。そこには明らかな、魔族への憎悪が見えた。アリスのそんな顔を、ハンナは初めて目にした。


「何で、分かってくれないの!? 私、ハンナのこと信じてたから……だから、グリムのことも話したのに! なのに……。グリムが、魔族が良いやつなわけない! ハンナだって見たでしょ? 人間のふりしたベルを信じて、どうなった? 魔族なんか信じたって、悪いことしかないの!」


 アリスに怒声を浴びせられ、ハンナは萎縮してしまう。これもまた、初めての経験だった。しかし、なんとかアリスと向き合いたかった。ハンナも声を絞り出すようにして語りかける。

 

「私だって魔族は憎いし、そのグリムがどんなやつかなんて分からないけど、それでも……。今のアリスは何だか、アリスじゃないみたい……」


 ハンナの言葉に、アリスの手の力が緩んだ。顔を見ずとも、ハンナの声の震えはアリスにも届いたから。


「アリス、聴こえてるんなら……私の顔を見てよ」


 恐る恐る、アリスはハンナの方へ顔を向ける。いつも見てきたハンナの顔だ。いつだってアリスの隣にいてくれた、ハンナの顔。不意に、アリスの頬を涙が伝った。


「ごめん……ハンナ、私」


 狼狽えてしまうアリスに、ハンナは優しく首を振る。もう一度視線を戻してみれば、アリスとバッシュの目があう。バッシュの顔には確かに、沈痛な表情があった。アリス達と同様に、グリムだって表情を浮かべるのだ。そんな当たり前のことを、アリスは初めて重く感じた。


「……ごめんね、ファル。私が、おかしかったよね……。ほら、私が押さえておくから……喋っても平気だよ」


「アリスさん……」


 そこに、ザグロがやってきた。脚を負傷してしまったため、ロイドに肩を借りている。ザグロはアリスに押さえられているバッシュを見ると、口を開く。


「ファルに免じて、お前の処分は一度保留にしておこう。大人しく縄につくならの話だがな」


 バッシュもそれに頷き、抵抗はしなかった。縄で縛られたバッシュと、ファルが対面する。そんな状況に、バッシュは自嘲するように呟く。


「拠点では、立場が逆だったか」

 

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