第三十五話 襲撃前
――グリムの拠点が奇襲を受ける少し前――
アリス達は拠点が見えるところまで到着していた。
「遠目に見た感じ、グリムに私たちの存在は気取られていないみたいね。」
「良かったー。思ってたより順調にいってるね!」
現在彼らは、グリムの様子がある程度確認できる場所で様子を見ている最中だ。ここならば高台であり、グリム側からは見えづらくなっている。グリムの拠点を確認して、ヴァルメは考えを巡らせる。
「とりあえずここに身を置いたけど、あまり悠長にも構えていられないわね。今他の魔物に襲われでもしたら、流石にあっちにも勘づかれるはず」
「ヴァルメ殿、少しいいか。魔物との戦闘経験も多いあんたに意見を聞きたい」
ザグロに呼ばれ、ヴァルメは作戦計画について話し合うことになった。それぞれの経験をもとに意見を出し合っていく。対し、アリスとハンナは特にすることもなかった。それは他の者達も同じで、皆今後の戦いについて語り合ったりなどして時間を潰していた。二人も同様にそんな話をしていたが、アリスがおもむろにスッと立ち上がる。
「そうだ、グリムってどんな見た目なのかな? ちょっと見ておかない?」
そんなアリスの言葉にハンナも立ち上がり、彼女に続く。
「いいけど、気をつけなさいよ? 万が一にでもバレたら作戦が台無しになるんだから」
「大丈夫だって。この距離で高低差があったら、さすがに向こうからは見えないよ」
アリスは腰を落とし、できる限り小さくグリムの拠点を覗いてみる。少し距離は空いているが、どうにかグリムの姿が朧げに見えた。
「あっ! いたいた! 話は聞いてたけど、あんな見た目なんだね。灰色で、大きくて、なんだか……え?」
アリスには、グリムの姿が見覚えのあるような気がした。くすんだ灰色の肌に大きな身体。ふと、アリスの脳裏に前世の記憶がよぎる。記憶の中にある魔族と、グリムの姿形が一致していることに気づいた。前世で村を蹂躙してまわった魔族は、グリムであったのだ。
突如、アリスの胸を動悸が襲う。恐怖なのか、憎しみなのか分からない真っ黒な感情がアリスの胸の内を支配する。
その様子に気づいたハンナが問いかけるが、アリスの耳には届かなかった。もう一度ハンナが声をかけたところで、アリスの意識も戻ってきた。
「アリス!」
「あ……ええと、どうしたの?」
「どうしたって、あんたいきなりおかしな様子になるから……。あんたこそ突然どうしたのよ?」
「それは……」
アリスは俯いてしまう。彼女の髪が風に靡く様子が、ハンナにはなぜだか悲哀に見えた。「あのね」、アリスが口を開く。やはり彼女自身も、ハンナに話をした方が良いのではないかと思い直したのだ。
そして、アリスはグリムを見て自身が感じたことを話した。その間ハンナは静かに聞いていた。澄んだ空のような真摯でまっすぐな瞳を見ていると、アリスは心の内を優しく撫でられているような感覚になった。
全て話終えると、ハンナはアリスをそっと抱きしめた。それはどんな言葉をかけるよりも雄弁に、彼女の交錯した心を解きほぐした。
「……ありがとう。なんだか、話したら少し楽になった気がする」
「そっか……良かった。私も、話してくれてありがとうね」
すると二人のもとに、ロイドとファルが近づいてきた。ロイドの方は心配そうな顔を浮かべている。
「どうしたんだ? 抱きしめあって。もしかして、グリムを見て怖くなったのか? たしかにあいつらはあんまりな見た目してるよな。そんなに無理するなよ?」
「えっ、いや、これはその……あれ、ファルはなんでこっちに?」
本当のことは言えずどうしようかとアリスは困ってしまったため、咄嗟に話を逸らした。実際、ファルは作戦会議の方に呼ばれていた。アリス達の方へ来る理由も特にないはずである。
「グリムと戦ったら、ええと、殺すことにもなりますよね? 実はそれで、お願いがあるんです。僕を助けてくれたグリムの話は覚えていますか?」
「あー、覚えてるけど。それがどうかしたの?」
「僕、そのグリムに聞きたいんです。どうして助けてくれたのか。だからその……殺さないであげてほしいんです」
「それは……」
「難しいんじゃないかしら……。第一集団のグリム相手に勝てるかどうかもわからないし、そんな中で躊躇したら私たちの命に関わる問題だから」
アリスが言い淀んだため、ハンナが代わりに答える。ファルはそれを聞くと、肩を落としてしまった。
「だけど、どうしてそのグリムを助けたいの? 魔物なんだし、きっと悪いやつだよ。ファルを逃したのだって、もしかしたらわたしたちを誘き出す罠だったかも――」
「アリス」
ハンナに戒飭され、アリスは口を閉じた。アリスも別にファルを否定するつもりは毛頭無かったが、どうもグリム憎しで考えてしまう。
「……ごめんね。でも、やっぱり私も約束は出来ない」
悵然とするファルに、アリスは「けど」と付け足す。
「ほんとにそいつがいい奴だったら、出来るだけのことはしてみる。それでいいかな」
アリスの答えにファルの顔が晴れ、「はい!」と頷いて返す。「安請け合いするんだから……」。そう漏らすハンナだったが、その様子にやはり微笑ましさを感じた。
そうこうしている内に、ザグロが号令をかけた。この戦いにおける方針が固まったようである。ここからはグリムとの戦いとなるのだ。アリス達は各々、緊張感を持って足を進めていく。




