第三十一話 顕現
「外から来たのに、それも知らないの?」
ヴァルメが意外な様子で尋ねる。アリスもハンナも、それに頷いて返す。呆れた顔でため息を吐きつつも、ヴァルメは説明をはじめた。
「顕現っていうのは、あなたが持ってるみたいな特殊な力のこと。原因は分かってないけど、たまにそういう人間が生まれてくるのよ。とは言っても極端に少ないから、私も会ったのはあなたが一人目だけどね」
「じゃあ、その顕現っていうのは都市の方だとけっこう認知されてるってこと?」
「そうね。でもそれはここ十数年の話で、それまでは広く知られてなかったそうよ」
ハンナが顎に手を当てて思案する。
「じゃあ、どうして広く認知されるようになったの?その話だと、少し前までは知ってる人が少なかったみたいだけど」
顕現が何故多くの人々に知られるようになったのか、ハンナには疑問だった。最近そういった能力を持った者が現れ始めたのか、それともなにか広く知られるきっかけがあったのか。彼女もアリスと共に行動している以上、知っておくべきだと思ったのだ。
「あなたたちは質問ばっかりね……。まあいいわ。最近、一つの国が動き出したの。その国は魔族や天使たち相手に戦っていて、その中には顕現を持つ者も多くいた。そうすれば当然その能力が人目に晒される機会も増えるし、話は広がるから、たくさんの人が顕現の存在を知るきっかけになったわけ。それまでは自分の特殊な力を他言する人は少なかったんでしょうね。こうした力は、時に迫害されるリスクも抱えることになるから」
話を聞いていたアリスが興奮気味に前に出た。
「そっか。魔族や天使を相手に争ってる人たちも、たくさんいるんだね!」
急に近づいてきたアリスを押し退けながら、ヴァルメが言い加える。
「たくさんって言っても一国だけね。で、私は今その国を目指してるの。言うなれば、まだその道中で寄り道してるだけ。ここで魔族を倒すのだって、聖国アースフィルムで戦えるようになるための経験に過ぎないの」
「そっかぁ。ん? アースフィルム……? あっ!」
アリスが何か思い出したように声を上げた。ヴァルメが怪訝な目を向ける。アースティルムは、アリスにも聞き覚えがあった。シリスが目指せと言っていた場所である。
「アースフィルムって、ヴァルメはそこを目指してるの? 私たちもそこに行きたいんだけど、場所も知ってるのかな?」
「ええ、知ってるけど。まさかついてきたいっていうの?」
ヴァルメが嫌そうな顔で訊き返す。
「うん! 私たちもそこを目指してるんだ! ちょうど場所が分からなくて」
身を乗り出すアリスに、ヴァルメはため息で返す。反応があまり芳しくないと見て、アリスは肩を落とした。
「アースフィルムはここからそう離れてないけど、分からないなんてことある? まあ、別にいいけど」
「ほ、ほんとに!? 良かったー。ほんとに困ってたんだー」
「付いてくるだけなら迷惑にもならないでしょ。それに、自衛の手段くらいはあるみたいだし。でも今はその話じゃなくて、聞きにきたことがあるんじゃないの?」
ハッとアリスが手を叩く。
「そうだった! 魔物の話だよね? どんな魔物かは分かってるの?」
「ええ、そうね。比較的人型に近い魔物で、体表は灰色の肌で覆われているグリムという名前の魔物よ。性質は悪魔にも近くて言葉も話せるけれど、見た目が完全な人型ではないのとその本能に任せた行動原理から、魔物に区分されているわ。単体で脅威になる魔物でもないけれど、集団で行動するし個体差も大きいから少し厄介な相手ね」
ヴァルメがこの戦いで相手となる魔物、グリムについて語る。
「そこまで分かるのね。敵の数とかも分かってるの?」
ハンナの質問にヴァルメは首を振る。
「私も別に直接見たわけじゃないから、そこまでは分からないわよ。ただ、村の人達から話を聞いた限りで分かってることを話してるだけだもの。それくらいは、聞かなくても分からないかしら? でも普段から集団を作る魔物だから、そうね……三十前後はいると思った方がいいかもしれないわね」
「さ、三十……」
「怖気付いたなら来なくてもいいのよ。別にあなたたちに期待してないもの」
「平気平気! それに集落の人たちが苦しんでるのに、黙ってみてられないでしょ!」
アリスは手のひらを握りしめて答えた。それからもう一つあった疑念を呈した。
「そういえば、ヴァルメもその顕現を持ってるんだよね? どんな能力なの?」
「ザグロさんから聞いたのね。そうよ。確かに私も顕現を持ってる。たしかに一緒に戦うんだもの。教えておいた方が後々連携もとりやすいかもね」
そう言って、ヴァルメはアリスへと手をかざす。突然温度が下がり、アリスは後ろへ下がった。
「冷たっ!」
「これが私の能力。主に冷気を操るものだと思ってもらって差し支えないわ。ちなみに生み出した冷気とは感覚を共有できて、私の出した冷気内の敵の動きはだいたい感知できるわ」
「だからそんなに暑そうな格好でも平気なんだ!」
アリスが冷えた手をさすりながら言う。厚着に見えるヴァルメの服装については、アリスも気になっていたのだ。
「ええ、寒地で育ったから私にはこの方が性に合ってるのよ。さあ、聞きたいことは聞いたでしょ? 私も暇じゃないから、この辺で」
そう言って、ヴァルメは去っていった。
「あれ、いきなり話を切り上げて行っちゃった……。 せっかちな人ね」
ハンナがあっけに取られる。
「でも、いい人だね。その……第一印象と比べると」
アリスが苦笑いを浮かべながら話す。すると、後ろから足音が聞こえて来た。振り返れば、その足音の主がロイドであることが分かった。
「待たせたな。お前たちの泊まる場所が確保できた。ついてこい」
ロイドについていきながら、アリスは明日への想いを馳せていた。




