第二十八話 道中
「ハンナー。大きな都市って、ほんとにこっちであってるの?」
生い茂る草木をかき分けながら、アリスが疲れたようにそう溢す。
「多分あってるはず……。でもかなり離れてるって話だし、そう簡単につかないわよ。その前にいくつか村もあるはずだし……」
「それはそうだけど……さすがにここまで暑くなると思ってなかったから、私そろそろ限界かも……」
二人は今、熱帯の中を歩いている。燦々と振り注ぐ陽光に、草木が青々と照らされる。それほど遠い距離でもないにも関わらずここまで気候が違う理由は、誰にも分からないそうだ。こういった地域による気候の大きな違いが存在すること自体は、アリスも父から貰った本を読んで知っていた。だが、二人の住んでいた村は気温が安定した場所であった。これほどの暑さには二人とも慣れていないのである。
「疲れちゃった……。そろそろ休まない?」
アリスが手で風を仰ぎ立ち止まる。
「何言ってるのよ。いくらなんでも早いんじゃない? ほら、歩き始めてまだ5分……あれ、まだ5分?」
ハンナが腕時計に目線を落とし、立ち止まる。それを見てアリスも止まった。
「どうしたの?」
「時計が、動いてない」
そう言い、ハンナがアリスに腕を出してみせる。アリスが覗いてみれば、確かに時計の針が止まっていた。
「あれ、電池が切れちゃったのかな?」
アリスの言葉に、ハンナが肩を落とす。
「うそ、予備の電池なんてないのよ。街とかにならあるのかもしれないけど、それまで使えないのかあ。少し不便になるわね」
もともとハンナの腕時計は、村を訪ねた旅人から貰ったものである。二人が知っているのは機能だけで、その仕組みについては全く分かっていない。電池というのも時計に使われていたもの以外、見たことがなかった。
すると、何か思いついた様にアリスが手を叩く。
「そうだ! 電池って要するに、電気で動いてるんだよね? だったら、私が電気を流したら動くんじゃない?」
「あ、たしかに! ちょっとやってみて!」
ハンナが期待を寄せて腕時計をアリスに差し出した。
「どれどれ……」
アリスが腕時計を手に取り、電流を流し込む。甲高い、何かが切れるような音が鳴った。腕時計から小さな煙が立ち昇る。
「「あ……」」
「あーーー! 壊れちゃったじゃない! これ絶対壊れてるわよね!?」
「で、でもほら、ハンナだって乗り気だったし……!」
「だってアリスが自信ありそうに言うから!」
しばらくそうして揉めていたが、二人も既に疲れていた。あまり長い時間言い合いを続けている余裕は残っていなかった。二人とも息を切らしているところへ、バサバサと羽音が近づいてくる。咄嗟にそちらへ目をやれば、赤を基調とした派手な色の鳥が木の枝に掴まっていた。
「なんだ、魔物かと思っちゃった」
アリスが警戒を解き、ほっと胸を撫で下ろす。
「オハヨー」
「ん、おはよう。ってハンナ、いくら時計がないからって時間の感覚狂いすぎだよ……」
「私じゃないわよ! ていうか、声も全然違うでしょ! あれ? じゃあ今の、誰?」
ハンナが首を傾げると、再び同じ声が聞こえる。
「オハヨー」
声の方を二人の目線がたどり、ちょうど鳥の方で静止した。
「も、もしかしてこの子?」
アリスが鳥に指をさす。
「みたいね……」
「あ! よく見たらこの鳥、オウムだよ! ほら、本に描いてあった絵とそっくりだし。本当に人の言葉が喋れるんだー」
アリスがその鳥、オウムへと顔を近づけてみる。
「全然逃げないわね」
「きっとほら、人に慣れてるんだよ。言葉も話してたし。そういえばディーンと、オウムについて話してたこともあったなあ」
アリスはオウムを見て、弟であるディーンとの会話を思い出していた。あまりいい思い出でもなかったことに気づき、深く思い出すのはやめたが。ふと、オウムが羽ばたいた。
「あ、待って!」
それをアリスが追いかける。
「着いて行ってみよう。もしかしたら、人に会えるかも!」
アリスがハンナへそう言い、オウムの飛ぶ方へと走り出した。ハンナも急いで後に続く。
しばらくオウムの後を追いかけていると、オウムは一人の少年の腕に止まった。
「ホーク! 無事だったんだ!」
少年は、このオウムのことを知っているようであった。後を追ってきたアリスとハンナに気がつき、向き直る。
「ほら! やっぱり人がいたでしょ?」
「そうだけど、この子一人だけよ? 他に人の気配はないみたいだし……」
「あの、誰ですか……?」
少年が少し怯えたように言う。
「あ、ごめんね。私はアリスでこっちがハンナ。あなたは? 他に人はいないの?」
アリスの質問に、少年の顔が曇る。
「実は僕、逃げ出してきたんです。魔族に捕まっていて。ある人に助けてもらってなんとか逃げられたんですが、ここら辺は魔物も多くてあまり動けずにいたところなんです」
確かによく見てみれば、少年の身なりはしばらく手入れできていないように見える。それも捕まっていたからだったのかと、アリスは納得した。
「そうなんだ……。だったら、私たちもついて行ってもいいかな? 途中で魔物に襲われたら守ってあげられるし。それにちょうど私たちも道がわからなくて、困ってたところなんだ」
「ほんとですか! ぜひお願いします!」
アリスの提案に、少年も賛同した。行き先を指差して、2人の案内を始める。
「集落はこっちの方です。着いてきて下さい!」




