二十五話 その後
ナイトメアとの戦いが終わって数日、現在はその後片付けと村の傷ついた家々の修繕が行われている。その中に、木材を二人がかりで運ぶ少女達の姿があった。アリスとハンナである。
「アリス! もっと高く持って! それは上げすぎ」
「分かってるけど、重いんだって! はぁ、はぁ。ねぇ、やっぱり少しくらい能力使っても……」
アリスが息を切らしてそうこぼす。基礎体力の方も少しずつ伸びてきてはいるが、やはり重労働は常々に骨の折れるものである。
「だめ。いくら能力で身体能力を底上げできるからって、基礎がなってなかったら大した効果は発揮できないじゃない。それにその能力、持久力には大きな影響がないみたいだし。」
「で、でもほら、村の修繕を手伝ってるのに全力でやらないっていうのもなんだか……」
アリスが周りを見てそう言った。他の村人たちも修繕作業で忙しい様子であり、あたりには作業音ばかりが響いている。
「木材ばっかり急いで運ばれても他が間に合わないでしょ。あんたが他のことも手伝えるなら別だけど」
「それは……」
アリスが周囲を見まわす。金槌で釘を打っている者、鋸を使っている者などが目に入った。手慣れた手つきで作業をこなしていく。アリスはこういったことは経験がない。無理に手伝おうとしても、余計な時間を取らせてしまうであろうことは目に見えていた。
「まあ、確かに……」
アリスは一人納得し、再び歩みを進めた。
それから数時間ほど経ち、二人はセリーナの家で話していた。セリーナがいなくなった後も村に滞在している間、二人はここに住ませてもらっている。
「ここもなんだか、静かになっちゃったね。」
アリスが家を見渡した後、寂寥感を含んだ声色でそう呟いた。
「大丈夫? つらければ少し無理言って、他の空き家に……」
ハンナが心配そうにアリスを見つめる。アリスも、セリーナの死から数日が経ってある程度落ち着いてきた。しかし時折、ハンナから見て感傷的に映る場面があるのだ。
アリスがハンナの視線に気づき、軽く微笑む。
「大丈夫。ちょっと、思い出してただけだから」
「そう……」
そう答えるハンナの様子を見て、アリスは彼女を不安にさせていたことに気づいた。バツが悪そうに頭に手を回す。
「ごめん、最近心配かけてばっかりだね。でも、今は本当に大丈夫だよ。それに、これもあるし」
そう言って、アリスはセリーナの錫杖を手元に手繰り寄せる。渡された当初は不安が大きかったが、やはりこれを見てセリーナを思い出すと、いくらか気が楽になった。
「それにね、悪いことばっかりって訳じゃないんだ」
アリスの言葉に、ハンナが首を傾げる。
「どういうこと?」
「私の前世が、魔族に殺されたっていうのは話したでしょ?」
ハンナの疑問にアリスがそう答えると、ハンナの表情が僅かに曇った。アリスが前世の話を持ち出すのを、ハンナはあまりよく思っていない。それはアリスにもなんとなく分かっていた。その理由も理解できる。ハンナがもし、今のアリスと同じような話をすれば、彼女だって同じ反応をするだろう。
それは信頼の問題ではない。きっと、共に過ごした時間が長すぎるのだ。小さな村の幼馴染だった、そんな友人が唐突に自分の全く知らない土地や出来事について語れば、焦りや寂しさをどうしても抱いてしまう。その感傷が今、行き場をなくしてハンナの胸を締め付けているのだ。
しかし、アリスも今は前世の話をする必要があった。少し間を置いたのち、気まずさを隠して先程の話を続ける。
「それでね、前世の頃と今じゃ、魔族や天使の影響力が全然違うって思うんだ」
何のことだか分からないというふうに視線を返すハンナに、アリスは順を追って説明していく。
「私の記憶にある前世では、魔族とか天使とかって、なんていうか、もっと絶対的な存在だったの。それはもちろん今も、私たちじゃどうしようもないような相手だけど、それでも魔族や天使の支配は薄くなってるんじゃないかって気がして」
「それって、つまりアリスの……前世から、人の置かれた立場に変化があったんじゃないかって、そういうこと?」
ハンナの質問に、アリスは首肯する。それを受け、顎に手を当てて少し思案する様子を見せた。
「でも、どうして?」
再びハンナが疑問を呈する。アリスは若干前のめりになりつつ、それに答える。
「それをね、私、シリスさんの影響なんじゃないかって思って!他にも戦ってる仲間がいるような口ぶりだったし、それだったら今の状況にも納得がいくというか……。もしかしたら私が思ってたよりも、希望はあるんじゃないかなって」
「そう……」
アリスの話に、ハンナは真剣に耳を傾ける。
「それで……ね」
一通り話し終えたのち、アリスは話を切り出した。
「なに?アリス」
「ハンナは、私が前世の話をするとき、いい顔をしないでしょ?」
アリスからの指摘に、ハンナは口を閉ざした。ハンナ自身も、あまり顔には出さないように努めていたつもりだったのだ。
「私だって、ハンナの気持ちは分かるよ。私がハンナの立場でいきなり前世だとか、人を助けるだとか言われたら、何かに取り憑かれたのかなんて、考えちゃうかもしれないし」
そう言って誤魔化すように笑顔をつくるが、アリスも内心、ハンナがどう思っているのかは不安であった。
「そこまでは、思ってないわよ。なんていうかアリスは、もともとそういう子だし」
「そういう子?」
アリスはハンナの答えにひとまずは安堵の色を浮かべ、そう聞き返す。
「人のためなら自分の身は顧みないところは昔からあったし。まあ、一緒にいる身にもなってほしいと思うことはあるけど」
そう言って、ハンナはジトッとした目でアリスを見つめる。
「ご、ごめん……。なんだったら、やっぱりどこかのタイミングでハンナは」
「冗談よ。私だって、魔族のせいであんなことになって、何も思わない訳じゃない。希望があるなら、私も抗いたい。もうこれ以上、あんなこと起きてほしくないもの。」
「そっか……」
少しの間、波紋ひとつない水面のような、動きのない静寂が続いた。




