第二十一話 追憶と情景
日に照らされながら、楽しげに子供達が駆け回っている。極自然な、ありふれた光景。少し離れた場所で、それをじっと見つめている少女の姿があった。何をするでもなくその平凡な光景から目を離さずに。あるいはこの少女が見ているのは、目前の光景ではなく彼女の脳裏にあるもののようでもある。
「なあ、セリーナつったよな。お前も一緒に遊ぶか?」
彼女の視線に気づいた一人の少年が、その少女、セリーナへと声をかけた。
「あっ、ううん。大丈夫……です」
セリーナがぎこちなく答えると、少年は首を傾げる。
「そっか?まぁ、混ざりたい時は言えよ。他所から来たからって遠慮しなくていいから」
セリーナは頷いた。
「ゲルグルド! はやくはやく!」
「おお、今行く! じゃあな!」
他の子供に呼ばれ、少年はセリーナから離れる。セリーナはずっと見ていても邪魔になるかと考え、場所を移動することにした。それに、彼女にも一つ用事があった。
ある家の前に立つと、セリーナは扉を叩いた。
「はい、どうぞ」
扉の向こうから聞こえる声を聞いてから、戸を開ける。法衣に身を包んだ、優しげな雰囲気の女性が立っていた。セリーナを見て少し困ったように笑う。
「あら、セリーナでしたか。あなたはこの家に住んでるんですから、わざわざノックする必要はないんですよ」
「でも、シリスもいるから……勝手に入ったらいけないと思って」
セリーナがシリスと出会ったのはつい最近、セリーナが自分の住む村を失くした時である。冠災に村が襲われた時、セリーナは村から離れた場所で病床に伏す母親のために薬草を摘んでいた。村に帰ったのは、もう何もかもが終わった後だ。目の前の化け物がこの地獄を為したのだと、そう理解するのは一瞬であった。絶望と恐怖。それを打ち消すほどの怒りが、セリーナの胸中で鼓動を打ち鳴らす。怒りが炎と化して化け物に襲いかかった。突然目覚めた彼女の力であったが、ナイトメアには通じず、疲労で彼女は動けなくなった。そこを助けたのがシリス達である。セリーナにとっては、感謝してもしきれないほどの大恩だ。
「私に気をつかう必要はありません。私にも為せたことと、為せなかったことがあります」
シリスはセリーナの村が壊滅される前に到着できなかったことを後悔しているのだと、セリーナには分かった。
「けど、私は凄く感謝しています」
セリーナにとっても、確かに割り切れない思いはある。しかしそれは考えても変わることではないし、シリスに落ち度はない。シリスに感謝しかないのもまた、本当のことであった。
「そういえば、今日は朝早くから出かけていましたけど村にはもう馴染めましたか?」
重い空気にしてしまったことに気づき、シリスが話を変える。その質問に、セリーナが目を泳がせる。
「えっと……そ、そうです!友達と遊んでて……」
シリスが口に手を添えて笑う。
「嘘が下手ですね」
赤くなった顔でセリーナが訂正する。
「ほんとは、これを完成させてて……」
セリーナがそう言って差し出したのは首飾りであった。彼女が村の人に習って作ったものである。高価とは言えないが、何日もかけて手作りしたものだ。
「本当はサプライズで渡したかったんだけど」
セリーナが恥ずかしげに笑いながら言った。首飾りを見て、シリスは驚いたように口を開く。
「これを、あなが作ったのですか?」
「はい。シリスは、もうすぐ村から出て行っちゃうんですよね? その前にお礼がしたくて」
セリーナはこの村で住ませてもらえることになっている。シリスが村を出れば、もう一度会えるかどうかは分からなかった。感謝の印でもあるが、自分のことを覚えていて欲しいという願いもまた、込められているのだ。
「……ありがとうございます。こんなに綺麗な首飾り、私のために頑張ってくれたんですね。嬉しいです」
シリスはセリーナから首飾りを受け取ると、大事そうに首にかける。
「似合うでしょうか? ふふ、なんだか照れてしまいますね。しかし、私ばかり貰ってばかりではいけませんからね。これを、どうぞ」
彼女は自身の持っていた錫杖を手渡した。セリーナが目を瞬かせる。
「これぐらいしかありませんが、この杖があなたを守ってくれることを願います」
シリスから錫杖を渡されるも、セリーナは首を振った。
「嬉しいけど、受け取れないです。シリスの大切なものだし、私の首飾りを貰ってくれればそれだけで十分嬉しい。私なんかのために……」
「いいえ、私も受け取って欲しいんです。あなたが首飾りをくれたように、私もあなたに二人を繋げてくれる贈り物をしたいのですよ。これからたくさんの人と仲を深めて、大切な人と笑い合って生きていって欲しい。辛い時にはこの杖を見て、たまに私のことを思い出してくれれば、それでいいんです。誰かと過ごすはずだった未来を失ったとしても、繋がりまで無くなることはありませんし、捨てようとする必要もまたありません。この杖が、それを思い出させてくれたら嬉しいです」
そう言い、シリスはセリーナを優しく抱きしめる。
「でも私、この村の迷惑になって、シリスにも助けてもらってばかりで……」
「苦しければ、頼っていいんです。辛ければ、人に話してもいいんです。私もこの村の人達も、それを迷惑だなんて思いませんよ。これから先を笑顔で生きるには、時に悲しみを人と分かち合うことも必要になります。恥ずかしいことなんかじゃ、ないんですよ」
セリーナが今まで堪えてきた涙が、頬を伝う。故郷をなくして初めて、人に見せた彼女の泣き顔であった。
数日後、シリスは村を発ち、セリーナもそれを見送った。その時もセリーナはたくさん涙を流した。けれど、引き止めることはしなかった。
村は明るく賑わい、喧騒が笑いを運ぶ。子供達が遊んでいるのも、いつもの光景だ。そこへ新しく村へ来た少女、セリーナが堅い動きで近づいてきた。
「あ、あの! 私も混ぜて……ください」
子供達がセリーナへと駆け寄ってくると、セリーナは少し後退りする。
「新しく来た子だよね! やっと話しかけてくれた!」
子供たちが笑顔で歓迎し、緊張の糸が切れてセリーナも笑う。
少しずつでもいいのだ。セリーナは再び、前を向いて歩き始めた。




