第一話 大聖女
私は、何もない空間の中でうずくまり、泣いていた。そこがどこかなど考える余裕はなく、もう村での生活は戻らないことが辛くて、悔しくてたまらなかった。
どのぐらいそうしていたのだろう。私は涙の枯れた目でまわりを見回した。
「ここは……?」
今更ながらそう呟いたとき、私の目の前が光りだした。唐突な出来事に、私は眩さで目を閉じた。再び目を開けたとき、そこには一人の女性が立っていた。
「驚かせてしまいましたか?ごめんなさい。そんなつもりはなかったのですけど……」
女性は、優しげな声色でそう言った。突然の出来事に頭が追いつかない。ここがどこなのか。一体何が起こったのか。何が起こっているのか。
「ここは私の作り出した異空間です。いまは亡くなられたあなたの魂をこちらに引き留めている状態になります」
女性は私の抱いている疑問について説明し始める。やはり私は死んだのだ。しかし、魂を引き留めている?
「あの……あなたは……?」
疑問だらけではあるが、まずは目の前の女性が何者であるのかを尋ねることにした。
「自己紹介が遅れましたね。私はシリス・ルーベリア。周りの方々からは大聖女なんて仰々しい呼び方をして頂いていますが、気軽にシリスと呼んで頂いて構いません」
大聖女……? 何かの肩書きだろうか。そもそも彼女は魔族と天使、どちら側の人間なのだろうか。神を信仰しているところもあれば魔族を信仰しているところもある。まぁ、大部分は強制的な従属であるが。
私達の村は魔族側だったので、シリスが神側の人間である可能性を考えると、警戒してしまう。
「その話がほんとうなら、シリスさんはどうして私をここに引き留めたんですか? それに一体どうやって……」
まだ状況ははっきりと理解できていないが、なにも用がないのに、こうして私をこの空間に連れてくるというのは不自然だ。なにか理由があるのだろう。
「はい。正直な話こうやってお話できる時間は限られている為、ここに繋ぎ止めている方法は割愛させてください。そして、あなたとこうして今話している理由ですね。そのことなのですが…私はあなたに、助けて頂きたいのです」
シリスの言葉に、私は混乱する。とうとう話が分からなくなってきた。
「いえ、私というよりも、人間という種族そのものを」
未だ理解出来ないでいる私をよそに、シリスはさらに訳の分からない言葉をつなぐ。
「人間を……救う?」
「ええ。そうです。今の人間は魔族に弄ばれ、天使に利用されるしかない弱い存在です。しかし人間の力はきっと、そんなものではありません。人間が力をあわせることが出来るのならば、魔族や天使の支配からも開放されることができるはずなのです」
もっともらしく語るシリスの話を、私はただ聞くことしか出来なかった。
人間を救う? どうやって……村の人たち全員でどうすることも出来なかった魔族に、それと等しい力を持つ天使、彼らに人間が抗うなんて、それこそ非現実的に思えてしまう。本当にできることなのだろうか。出来るのだとしても、やはり疑問は解消されていない。
「……でも、それと私になんの関係が?」
私の質問に、シリスは真剣な眼差しのまま語る。
「あなたに、もう一度私が命を与えます。私の特殊な力と一緒に。その力で、人間を救うため戦ってほしいのです」
「そんな……無理ですよ……自分の村だって守れなかったのに……」
当然だ。私にそんなことが出来るはずがない。第一、村どころか自分の家族すら守れなかったのだ。そんな者が人間を救うために戦うなんて無理に決まっている。
「あなたには人間の希望足り得る強さがあると、私は思っています」
シリスはさも当然であるかのようにそう言い放つ。その言葉に、私は歯を食いしばって心の内を叫ぶ。
「あなたに、なにがわかるんですか!? 私がどうして死んだと思って……!」
私が弱かったから皆死んだのだ。私が強ければ、きっとみんなとの生活を失わずに済んだ。私が思いの丈をぶつけても尚、シリスはその優しい表情を崩さない。
「力ではなく、心の強さです」
「心……?」
「あなたは、一人のか弱い命を救ったではありませんか。自分の生活に余裕を持った人すら少ないこの世界で、誰にでも出来ることではありませんよ」
私は押し黙ってしまった。シリスの言葉には、優しさのなかに強さを感じる。彼女こそ本当に強い心をもっているのだろう。
「でも私はきっと……あなたの思うような人間じゃありません。それに、力があるならあなたがしたらいいじゃないですか」
そうだ。シリスに力があるのなら、彼女がやったほうがいいではないか。私なんか、最初から要らないはずだ。
私がそう考えていると、彼女は申し訳なさそうにうつむいた。
「私には、もう時間がないのです。何度も戦い、人間が住むのに安全な領地を確保は出来ましたが、もう私の身体には限界が来てしまいました。自分勝手なことではありますが、他の人に託すしかないのです」
「そんな……」
シリスは私から目をそらさずに話し出す。
「実をいうと、あなたにこんなことを頼むのはそれだけが理由ではありません。私が力を託せる人は、私と命の波長が合う人に限られるのです」
「命の波長?」
初めて聞く言葉に私は訝しげに尋ねる。
「単純に言えば、生きている上でそれぞれにある心の波のようなものです。力の譲渡は、魂に受け入れられなければ拒否反応を起こしてしまいますから。これは私の頼み事でしかありません。力を受継げばきっと辛い思いもするでしょう。どうするかはあなたが決めてください。少し時間が必要なら、それでも構いません」
私は一度目を閉じ、考えた。私達に降りかかった不幸や恐怖は、きっと私が想像するよりも遥かに広くから世界を蝕み続けているのだろう。そしてこれから先多くの血が流れ、魔族と天使が人間を蹂躙し続けるのだ。それをシリスは止めようとしている。なら私は。一つ、決心してから再び目を開いた。
「いえ、時間はいりません。私にやらせてください」




