第九話 村での暮らし
暗闇のなか、目を覚ますように太陽が地平線から顔を出す。その陽に照らされて、二人の少女の姿がうつしだされる。
「アリス! もうちょっと急いで!」
「はぁ、はぁ、ハンナ、早すぎ。日に日に体力が増えてる気が……」
ありえないほどに手早く井戸の水くみを終わらせるハンナに、アリスが息をきらして言った。ハンナが水をくみ、アリスが桶を運ぶという役割になっているのだが、アリスが2つほど運び終えたときにはもう桶の数は8つに増えていた。
「別に私たちだけで村中の人の分の水くみする必要ないんじゃない?」
「何言ってんのよ。私たちはここに泊めてもらってるのよ? これぐらいしないと」
「そうだけどぉ……」
アリスの脳裏に、余裕の笑みを浮かべながらいくつもの桶を運ぶゲルグルドの姿が浮かぶ。ゲルグルドならば、この作業も既に終わっていることだろう。
「それに、こういうところで体力つけないでどうするのよ」
そこへ、村のお婆さんがやってきた。
「あらあら、毎日偉いわねぇ。私は体力がないから、本当に助かるよ」
「はい! 任せてください!」
アリスのやる気が再燃した。
「あんた……単純よね」
呆れるハンナの言葉は聞かず、すでにアリスは桶を持って全力疾走していた。なお、すぐにバテてハンナにも手伝ってもらうハメになるが、そのことをこの時のアリスは知らない。
二人が村に来て、6日が過ぎていた。その間、アリスは自身の能力の使い方をセリーナから学び、ハンナは剣術の訓練をゲルグルドから受けていた。
「いやー、一仕事した後の食事はおいしいね」
アリスが満足気にこぼす。現在二人はセリーナと一緒に朝食を食べている。
「桶5つでバテといてよく言うわ」
「しっ、仕方ないじゃない! 能力使わなかったらこんなものでしょ! むしろハンナがおかしいんだって!」
基礎体力をつけるため、現在アリスは必要に差し迫られない限りは能力による身体強化を控えるようにとハンナとセリーナから言われていた。
「おかしいって何よ!」
「ふふ、けど助かってるわ。沢山手伝ってくれるからみんな時間にも余裕ができたし、お年寄りは特に助かってるって」
「そんな、セリーナさんやゲルグルドさんのお手を煩わせてしまって……」
ハンナはそう言い、申し訳なさそうにうつむく。
「そんなことないわよ。私はアリスと一緒に狩りに行くのは楽しいし、ゲルグルドだって、あんな才能のある子に剣術を教えられるなんて天啓だって感激してたわよ」
「さっ、才能なんてとんでもない! そんなのありませんよ!」
ハンナは顔を赤くして否定するが、まんざらでもないような顔である。
「セリーナさん、こういうところあるんですよハンナは」
「うふふ、知ってるわよ」
ニヤけながらそう言うアリスへ、セリーナも微笑む。アリスとセリーナはこの6日間でかなり打ち解けていた。もともと境遇の似ていた彼女たちであったため、アリスがセリーナを信頼するのも、セリーナがアリスに気を許すのも必然的なものであった。
「さ! 早く狩りに出かけましょう!」
ハンナがごまかすように言う。最近はハンナもアリスたちとともに狩りに出ているのだ。実戦がなければいざというときに正しく動けないという、ゲルグルドの提案であった。
「そうね。ちょっと早いかもしれないけれど、そろそろ行きましょうか」
3人が外へ出ると、ゲルグルドが腕を組んで待っていた。
「やっと来たか! さあ、早く狩りへ行くぞ!」
彼もハンナに剣の扱いを教えるため、狩りに同行している。
「早いですね、ゲルグルド。待たせましたか?」
「ん? そうだな。日が登る頃に来たから、それほど待ってねぇぜ」
「日の出……?」
セリーナの質問にゲルグルドが答えると、三人は硬直した。アリス達も少し早くきたつもりだったのだが、ゲルグルドはかなりストイックな性格であるようだった。
「では、行きましょうか」
こうして、四人で狩りに出た。
「でな、ハンナ!剣術っていうのは使用者のくせによってな!」
「ハイ」
「こういうことがあって!」
「ソウデスネ」
「ここはお前はどう思う?」
「ハイ、ソノトオリデス」
「聞いてるか?」
「ソレハスゴイデスネ」
ハンナがゲルグルドの何度目か分からない剣術談議を死んだような顔で聞いている。アリスもセリーナもそれを見て苦笑するが、こうなると止められないためただただ見守るばかりである。
「けどゲルグルドさん。どうしてそこまで剣術に関心があるのに旅にはでないんですか?」
アリスは疑問に思っていたことを口に出した。
「おおっ! 気になるか!」
「えっ、いやっ……まぁ、はい」
ターゲットがアリスへと切り替わった。ゲルグルドの話を要約すると、彼はこの村が大切であり、それを守りたくて剣術を磨いているため、それを捨てて旅に出てしまっては本末転倒である。ということだった。これを話すのに40分近く使っている。
もちろん途中で魔物や動物などに出くわしたが、セリーナとハンナで処理してしまうためアリスはずっと開放されなかったのだ。
アリスたちが歩いていた隣で草木がゆれ、大きな鼠のような姿の魔物が姿を現す。ストーンラットという魔物である。アリスも一度見たことのある魔物であった。
「ほ、ほらアリス、そろそろあなたも闘ったら?」
延々とゲルグルドの話を聞かされていたアリスへと、そろそろ気の毒だとセリーナが気をきかせる。
「そっ、そうですね! ありがとうございます!」
アリスが目を輝かせてセリーナの提案にのった。
「そうだな、がんばれ!」
ゲルグルドの許しも得て、アリスはストーンラットへと相対した。ストーンラットはその名のとおり頭が石のように硬い魔物である。主に頭突きをメインに戦う。
例に漏れず、ストーンラットはアリスへと突進してくる。アリスはそれを電撃を放って牽制しつつ、自身の脚に電流を流してストーンラットの側面へと駆けた。
「えいっ!」
アリスが掌底をくらわせると、ストーンラットは痙攣した後に倒れる。
アリスもこの6日間を経て、かなり自身の能力への理解が深まっていた。
「すごいじゃないアリス!」
ハンナがよってきてアリスを褒める。
「えへへ、頑張ったからね」
アリスが胸をはっていると、ゲルグルドが近づいてくる。
「さあ、終わったようだし話を戻そうか!」
笑顔でそう告げるゲルグルドの顔を見て、アリスは自身の意識が遠のいていくのを感じた。