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プロローグ

 私達人間にとっては幸せになるどころか、ただ生きることすら当たり前のことでないのだと言うことを今日この日、思い知らされることとなった。


魔界から無数に這い出てくる魔族、天界から降り立つ天使。彼らの領地を奪い合う戦いの戦場となるこの地上で、人間はそのどちらかの側に付き、いつか捨て石として戦地に駆り出されるまでの束の間の生に明日があることを願いながら過ごすしかない。

 

 私の住んでいる村は魔族の支配下にあった。戦いへの恐怖に脅えながらも、私は家族や村の人たちとともにささやかな日常を送っていた。


 だが、それは当たり前の日常ではなかったのだろう。私がそれを知るのが、あまりに遅すぎたというだけのことであったのだ。


 この日、村に魔族の集団がやって来たのだ。奴らの目は笑うことなく、しかし口にはいっぱいの笑みをたたえていた。その形相の悍ましさは、これほどの悪意を見たことのなかった私にとって、形容し難いものであった。


 何事かと怯える私達を見て更に顔を歪ませ、奴らは突如として殺戮を始めた。あたりは一瞬にして地獄と化したのだった。


 私たちの積み上げてきた日常が、幸せが、音を立てて崩れ落ちていく。逃げ惑う人々の悲鳴は、肉の裂かれる音に掻き消される。従属していた私達の命を、彼らはまるで暇潰しのための玩具であるかのように奪っていった。


 私は魔族にやられた背の傷から夥しい量の血をながし、倒れていた。その胸に小さな命を抱きかかえながら。


「オギャー! オギャー!」


(しっ! 泣かないで! あいつらに見つかっちゃう……!)


 まだ小さな、立って歩くこともできないだろう赤子であった。この子が誰の子かも、なんという名前かもわからない。私の父と母は殺され、私も魔族に襲われ逃げていた途中、泣き声が聞こえた。虐殺の現場で、逃げることもできず、ただ泣くばかりのこの子を見て、今まで感じたことのない様な強い衝動に駆られた。死なせたくないと思ってしまった。


 この傷では自分はもう助からないと、直感的に分かっていたからだろうか。自分がどうなるかなど考えなかった。血を流して倒れそうになりながらも、出会ったばかりのその子を抱えてできるだけ魔族の少ない方角へと走り続けた。しかし血は、私の意思に構うことなく流れ出る。もう、私の足は動かなくなっていた。


私はもう助からない。だがこの子はまだ何の傷も負っていない。まだ助かるはずだ。

この命をどうにか繋がなければならないと、私は進み出そうとする。だが足はすでに動かず、少しでも進もうと体を引き摺ってきた手はボロボロだ。とても安全な場所へ行ける様には思えない。


「どうしたら……。」




「この村も酷い有様だ。」


「もう生き残っている者はいないのでは……?」


(ッ……!)


遠くで声がした。魔族がまだ残っていたのだろう。絶望と恐怖で、身体中が震える。


「オギャー! オギャー! オギャーー!」


いっそうと赤子が泣き出した。この距離では向こうにも聞こえてしまう。


(だめっ……!) 


「クロム様、泣き声が!」


「まだ生き残りがいたか!」


だめだ……居場所がバレた。もう私の身体は動かない。この子が殺されてしまう。


「二人いる! まだ両方息があるぞ!」


出てきたのは……人間だった。


「はやく治療してくれ! こっちの少女はひどい怪我だ!」


「しかしこの怪我では、この少女はもう……。」


「急げ! まだなんとかなるかもしれないだろ!」


良かった……人が来てくれた。この様子なら、この子もこれで大丈夫だろう。


(できることなら……もう少し長く生きたかったなぁ……。お母さんとも、お父さんとももっとたくさんお話しして、いろんなものを見て……あとは友達かな、人と仲良くなるのが苦手だったし……もうちょっと、頑張れば良かった……)


そんなことを考えながら私は重くなった瞼を閉じた。


 

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