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かんなぎ

「ノワール!ブラン!もう一度切り込みますわよ!」

左右にジグザグに走りながら再び、ウェンディゴの懐深くまで。


近付けば近づくほど、縦横無尽に触手が襲ってくる。

前後左右、そして上からも。

囲む様に襲い来る無数の触手、さすがにこの数、もう避けられないわ。


「小町ちゃん!!」

触手に囲まれる私を見て諏訪さんが叫ぶ。


「大丈夫ですわ!」

回避出来ないなら、切り裂く迄ですわ!

「斬撃!」「斬撃!」「斬撃!」

そう唱えながら、猫手の御札を前方、左右に振るう。


巨大な猫の手が現れ、無数の触手を、その鍵爪が薙ぎ払う様に切断していく。

実は()れが、この魔法の本来の使い方。

元々は、お爺様から教わった、悪魔の手を召喚して敵を薙ぎ払う魔法が原型だもの。


『斬撃』は対象を切断することに特化した術。

だから、それ以外の事には無駄な魔力は使われない。

目的を果たした猫手は、瞬時に紫の粒子と成って消えていく。


そしてさらに、前進して懐深く肉薄。

此処(ここ)まで来れば、もう触手を避ける事は出来ないけれど、その必要も無いわ。

手持ちの、猫手の御札は、未だ七枚。

全部薙ぎ払って差し上げますわ!


「斬撃!」「斬撃!」「斬撃!」

あともう一歩!


刹那、掬い上げる様にウェンディゴの、巨大な鍵爪が迫ってくる。

ウェンディゴの攻撃が触手だけで無いのは、承知ですわ!

「障壁!」

召喚された猫手が肉球をウェンディゴの鍵爪に向けて、立ちはだかる。

ウェンディゴの鍵爪は一瞬肉球に阻まれ、引っかかる様に止まり、そしてそのまま、猫手を切り裂いて紫の粒子に変える。

でも、その一瞬で十分。


躊躇(ためら)う事無く前へ!

猫手を切り裂いたウェンディゴの鍵爪は、空を切る。


やったわ!

ウェンディゴの足元に辿り着けたわ。

「今よ!」

矢絣(やがすり)模様の千代紙でキャンディーの様に包んだ、どんぐりを二つ取り出す。

セクメトの慧眼(けいがん)を使って最大限にまで高めた魔力を、その二つのどんぐりに。

そして、ウェンディゴの足元にその二つを投げつける。


パリーン!

ガラスが割れる様な硬質な音。

大正(こちら)に戻って来て直ぐ、お部屋で試した時と同じ、どんぐりの殻が砕け散る音だわ。


二つのどんぐりは、吸収した魔力で瞬時に成長。

大使館の裏庭に根を張り、その幹はウェンディゴを飲み込んで、絡み合い、その巨体を地面に縫い付ける。

足止めには成功したわ……でも……。


背後に殺気?!

油断したわ!

触手が、背後から!


「ガォッ!」

イシャイニシュスさんがその触手に噛みつき、弾き飛ばされる。

また、イシャイニシュスさんに助けられましたわ。

兎に角、此処に留まっては危険だわ。

一旦距離を取りましょ。


バックステップで飛びずさる様に、さらに迫って来た触手を避け、左手の突風の魔法陣で、自らの体を舞い上げて、触手のリーチの外へ。

気になってイシャイニシュスさんを確認……どうやら御無事の様。

良かったわ。


でも……どうしたものかしら……。

「小町ちゃん、やったわね♪あれでは、ウェンディゴも身動き取れないわ……」

声を掛けて下さった諏訪さんが、私の浮かない表情に気付いたみたい。

「小町ちゃん、どうしたの?」


確かに、ウェンディゴは、どんぐりから成長した二本のアラカシの巨木に巻き込まれて、身動きは出来なくなっているわ。

今も「ウォォォーーーー!」と雄たけびを上げ、身をよじっているけれど、その荒々しく巻き付いた幹はビクともしない。

だけど……。


「諏訪さん、不味いですわ。確かに足を止める事も、両腕や大半の触手を封じる事も出来ましたけれど……未だ十本以上の触手が健在ですわ……トドメを刺す事が出来ませんわ」

ウェンディゴに巻き付き、飲み込んだアラカシは、それでも、ウェンディゴの全てを飲み込んではいない。

頭部、肩、背中の一部が幹から露出している。

そして、そこから、未だ何本もの触手がウネウネと……。


諏訪さんの表情が曇る。

「このあいだ、公使にとどめを刺した時の、あの猫ちゃんの魔法は……使えないの?」

「その積りで、あの時の三分の一程ですけれど、猫召喚の御札は持って来ていますわ。でも、あの残った触手が邪魔で、猫達が魔法陣を(えが)けませんの」

「……確かにそれは、厄介ね……」


戦況が落ち着いたと云う事かしら、爺や曹長さん、それに警部補さんも此方(こちら)に集まってくる

一旦、作戦会議ね。


「お嬢ちゃん、明治神宮でも同じような事を聞いたが、あれは、どのぐらいもつ?」

「以前試した処では、あの木は半日程は硬質化が続きますけど……どうされますの?」

「増援を呼んで、銃撃を……」

手を突き出して、取り合えず、警部補さんの言葉を制止する。

既視感(デジャヴ)だわ。


「無理ですわ」

「そうね、公使の時は、未だ少しでも銃撃でダメージを与えていた様に見えたけれど、アレはもう別物だわ。牽制ぐらいには成っていたみたいだけれど、全くダメージが通っている様には見えなかった……。最悪、弾切れに成って、時間が来て、小町ちゃんの術が解けて……アレが自由を取り戻す処を只眺めているだけ、なんて事に成りかねないわ」

「それに、木が壊されなくても……恐らく地面の方が、もちそうに有りませんわ……」

ウェンディゴが身をよじる度に、アラカシの根の張った辺りの地面に亀裂が走る。

アラカシを引っこ抜いて、そのまま暴れ出すのも時間の問題ですわね……。


「ならば、特務少尉。我々が、あの触手を押さえている間に、特務少尉の術を完成させると言うのは?」

「今、自由に(うごめ)いている触手が十数本……恐らく十四、五本は有るかと。一人に付き二、三本程度を相手にする計算に成りますな。出来無くは無い……が、しかし、しくじれば、貴重なお嬢様の手札を一つ無駄にする事に成るやも……」

確実な手段では無いけれど、それしか無さそう。

諏訪さん、曹長さん、爺、それとイシャイニシュスさんに妖精猫(ケット・シー)達、彼らを信じて……。


ん?

ハァハァと荒い息使いで、何方(どなた)か駆け寄る気配。

伍長さんだわ。

手には、布にくるまれた長い棒の様な物。

確か、諏訪さんが「秘密兵器よ♪」と仰っていましたけれど……。

「お待たせしました、副官殿!」


「ウフフ♪小町ちゃん、それでいきましょ♪一分で良いかしら?」

「諏訪さん?」

「一分だけなら、アレの触手を抑える事が出来ると思うわ。もちろん私一人じゃキツイけれど、栗林さんや、曹長、それとコヨーテの彼や猫ちゃん達が手伝ってくれるなら」

一人ではキツイ……それは、裏を返せば、一人でも出来るかも、と言うほどの自信……。

諏訪さんが、秘密兵器と云う物を手に、そこまで仰るには、何か確信が有ると云う事だわ♪


そう言えば、叔父様が諏訪さんは(かんなぎ)の家系だと仰っていたわ。

その身に神を降ろされるお積りね。

「承知しましたわ。ウェンディゴを葬り去りましょ」



それぞれが配置に付く。

諏訪さんは例の布に巻かれた、長い物干し竿の様な物を手にウェンディゴの正面に立つ。

私はその後方に。

曹長さん、爺、イシャイニシュスさん、妖精猫(ケット・シー)達はウェンディゴの背後に陣取る。

この布陣は、諏訪さんがウェンディゴの前面を一人で抑えて見せると云うこと。

それ程の神……どの様な神を降ろされるのか、チョット楽しみに成って来たわ♪


因みに、警部補さんは、さらに後方で援護射撃を行う皆さんの指揮を。


「では、始めますわ」

梅柄の巾着袋から、猫召喚の御札を取り出し、左手に乗せる。

右手は刀印を結んで、魔力を巡らせる。

「奥義、千匹猫(せんびきにゃんこ)!」

三百枚程しか無いけれど……。


手にした御札が勢い良く舞い上がる。

御札は白く輝き、それぞれが猫の姿に成って地面に舞い降りる。

刀印をV字に切る。

「鶴翼に陣!」

猫達が、鶴翼に並ぶ。

私の準備は完了よ。


諏訪さんが、肩越しに振り向き、一つ頷くと、前のウェンディゴを見据える。

手にした長い棒に巻かれた布をほどいて行く。

アレは?

棒の先端に刃が光る。

長刀(なぎなた)……いいえ形が違う、反りが逆だわ。

湾曲している外の部分には、(のこぎり)の様なギザギザ、そして反りの内側に刃がついている。

何となく鳥を象った様な嘴……目まで有るわ。

あれは薙鎌(なぎがま)だわ!


薙鎌(なぎがま)……諏訪さん……え?

諏訪さんの諏訪って……まさか。

じゃあ、諏訪さんの降ろされる神って……。


諏訪さんが、右手に薙鎌(なぎがま)を構え、左手を拝む様に胸に当て、祝詞(のりと)を読み始める。

「みなかたの かみのみちから さずかれば……」


補足情報:

薙鎌(なぎがま)

長い柄に鎌状の刃物が付いた武器で、薙ぐ、突く、切る、刃を引っ掛けて相手を倒す、首を切ると言う感じで使われます。


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