御遺体確認、一人目
縛り上げ、猿轡まで噛まされて、押さえつけられている男を見下ろしている。
因みに猿轡しているのは、何も虐待していると云う分けじゃ無く、自身の舌を噛まない為と、人に噛みつかない為よ。
「それで泰治叔父様、この方はいったい何方ですの?今回の被害者の方のお知り合いかしら?」
「さあ、それはこの者の身元を調べて観なくては分からんが、被害者は夜遅く、何者かに呼び出されたという話だ。わざわざ夜遅く人気の無い工場に呼び出されて、襲われたとすれば、まったく接点が無い、と云う事は無いと思うが……」
それにしても……違和感が有るわ。
確かにこの男は公使の様に、鍵爪や水掻きの有る足を持っている。
でも……、魔法への耐性は低く、筋肉は特に盛り上がっていないですし、肌の色も変色していない、それに、あの特徴的な触手による攻撃も無かったわ。
「諏訪さん、確かにこの方の特徴は、公使閣下と似たところも有りますけれど、異なるところも多いと思いますの……この方も禍津神を降ろされてらっしゃるのかしら?」
「ええ、そうね。公使は書庫から出てきた時には、既に顔以外は人としての原型を留めていなかったわ。それに書庫の焼け跡に誰かの死体も無かった事を考えると、人を喰らってあそこ迄に変異したんじゃ無く、最初の変異で、ああ成ったんだわ。それを考えると、この男は公使の時とはだいぶ違うわね……、そうね、これは推測だけれど、禍津神の邪気に当てられて、変異した……いや、眷属に成ったと云う事かも知れないわね」
禍津神を降ろす木像が、未だ何者かの手に有ると云うのに、さらにその眷属までいると云うの……?
でも、禍津神の邪気に当てられて、こう成ると云う事は……。
「だとすると、この方は禍津神の邪気に触れるところに居たと云う事ですわ。つまり、禍津神を呼び出す儀式か何かに、係わっていた可能性が有りますわ」
「成るほど、この男の身元を探れば、何か分かるかもしれんな」
「ええ、泰治叔父様、ですがそれと同時に、その様な儀式に係わっておられた方が、この方だけだとも思えませんわ」
「そうなると……他で見つかった遺体も、公使のせいだけじゃ無く、その眷属とやらに殺害された可能性も有ると云う事か……不味いな。この様な輩が帝都に何人も潜伏していると成ると……」
公使の時は、警官と兵士の方々に被害が出たけれど、幸い民間人の被害は出さずにすんだわ。
だけれど、公使より格段に弱いとは言え、この男の様な眷属が、もし何十人もいるとすれば……今度は民間人の方達にも被害が出るかも……いえ、既に何人も遺体が……。
「諏訪中尉、俺は一旦憲兵司令部まで戻って、各部隊への魔道弾装備の手はず、それと部隊の再編成と総指揮を取らねば成らん。すまんが後の事は任せる」
「ハッ!」
「それと、小町ちゃんにも、すまない。静さんにはこの身に変えても守ると約束したんだが……」
「いいえ、お気に為さらないで。お母様の事でしたら、そのうちプンスカも収まりますわ。今度お茶菓子でも持参して、お茶を飲みにでもいらして下されば、お母様の御機嫌も良くなりますわ♪」
「ハハハ、じゃあ、事が収まれば、近い内に御機嫌伺いに、顔を出させてもらうとするよ。では伍長、憲兵司令部まで送ってくれ」
「ハッ!」
泰治叔父様を見送った後、ノワールとブランを一旦カメオに戻す。
諏訪さんが、何やら二匹に熱い視線を送っていましたけれど……、チョット悪い事しましたかしら……。
そして、あらためて、御遺体の確認に向かう。
「てっきり忘れていましたわ……」
そう、工場に到着してすぐ、襲撃者の捜索に向かう事に成りましたもの、てっきり当初の予定を忘れていましたわ。
ハンカチで口と鼻を押さえた後、御遺体にかけられたシートが捲って貰い、御遺体を確認。
頭部に爪痕、腹部から胸部にかけて内臓をえぐり出したと思しき傷跡……確かに、先日倉庫街で亡くなった山口さんの傷跡と似ているわ……だけれど。
「諏訪さん、確かに山口さんの時と似た傷跡が有りますけれど、随分異なりますわね」
「ええ、そうね」
頭部の爪痕は浅く、致命傷とまでには至って無い様子、恐らく致命傷に成ったのは、喉ね。
喉笛を噛みちぎられているわ。
それに争った様な擦り傷も目立つし、腹部の傷もかなりいびつで、無理やり押し開いた様な感じだわ。
「やはり、この方は公使の様な禍津神では無く、その眷属、恐らくさっきの男に殺害されたとみて良いですわね」
「ええ、さっきの男の服に大量の血痕が有ったから、まず間違いないでしょうね」
「そう言えば先ほど、泰治叔父様が、被害者の方は呼び出されたと、お話しに成りましたけれど?」
「ええ、被害者はこの金属加工場の社長で、大熊光蔵と云う方よ。昨夜、玄関先に置かれていた手紙を見て、出かけたらしいわ。しかも、その時の手紙は燃やしてから家を出たと云う話よ。それと、遺体の近くに落ちていた鞄には、百円札が二百枚ほど入ってたらしいの」
「二万円もの大金をお持ちに?」
物価の変動とか有るから、正確には計算できませんけれど、現代の価値で考えると、およそ一億円ぐらいかしら。
「でもなんで……恐らくその手紙には、何か脅迫めいたことが書かれていたのでしょうけれど……それも、お金目的じゃなく、大熊さんの命が狙いと云う事かしら……。でも、さっき捕らえた男がそんな事をするかしら?いや、出来るかしら?ですわ。先日の公使閣下と同様、完全に理性を失っていましたもの」
「そうね……そうすると、何者かが、大熊さんを呼び出して、あの男に襲わせたと云う事に成るわね……でも、いったい誰が?」
私が知る限り、この事件の関係者で、そんな手の込んだ事を企みそうな人物……。
「確証は有りませんけれど、大使館の裏庭で、公使閣下から木像を奪い去った、あのカラスの召喚者、では無いかしら」
そして、それは恐らく、あのフードの男だわ。
補足情報:
〇一円の価値
当時の一円の価値が現代だと幾らに成るか、調べたのですが……なんか、基準によって色々違ってくるみたいで……。
取り合えず本編の小町の金銭感覚として、一円=約五千円と認識していると設定しようと思います。
大工さんの労賃と、白米の小売り価格からざっと計算したものらしいです。
因みに、GDPを基準に計算すると、一円=約千六百円ぐらいに成るそうです。




