それで、この方、どなたですの?
資材置き場の裏手に回る。
ノワールが監視しているターゲットの魔力は、資材と資材の間を縫う様に移動中の様よ。
そっと近づき、手振りで曹長さんに、目の前の資材の裏に居る事を告げる。
曹長さんは、私のジェスチャーを理解したのか、先日、差し上げた鬼童丸を、そっと鞘から抜き放つ。
曹長さんに目で合図して、いざターゲットの前に飛び出し、氷柱を打ち込もうと両手を合わせて魔力を注ぎ込む……あれ?
目の前には、背を向け蹲った、恐らく男性。
なんか、想像していたのと違うわね。
公使の時より感じていた魔力が小さいとは言え、もっと分かりやすい姿をしている物と、思っていたのですけれど……。
目の前に蹲っている方は、一見人に見えるけれど、明らかに公使と同じ魔力を感じるわ。
でも、どうしようかしら?
まず間違い無いとは思うのだけれど……人の姿で蹲っている相手を、しかも背後から攻撃するのは、気が引けますわ……。
曹長さんも、鬼童丸を八相の構えで、構えたまま固まってらっしゃるわ。
「曹長さん、取り合えず声を掛けてみましょう」
私が小声でそう言うと、曹長さんは構えを崩さず、小さく頷く。
慎重に、蹲っている相手に声を掛ける。
「もし、そこのお方、御気分でも悪いのかしら?」
咄嗟の時に備えて、右手の電撃の魔法陣に魔力を込める。
「う、う、うううーーー」
何か呻いてる様ですけれど……本当に御気分が悪いのかしら……それとも……。
右手に魔力をさらに高める。
「ウガァーーー!」
突如振り返ると、奇声を上げ飛び掛かって来た。
今まで背を向け、蹲っていたから良く見え無かったけれど、両手には鋭い鍵爪、裸足の足も大きく、そして水掻きの様な膜が。
公使と同じだわ!
咄嗟に、襲い掛かる鍵爪を右手で払いのける。
バチッ!
電撃が青白い閃光を放つ。
「ギギャーーーーー!!」
その男は、絶叫を上げ、バタバタとのた打ち回わっている。
右手の魔法陣に込めた魔力は、先日大使館で公使と戦った時と同程度、公使の時は悲鳴を一つ上げる程度だったけれど、思いの外効果が有ったみたいだわ。
何故?個体差なのかしら?
とにかく、魔法に対する抵抗力は、公使とは比べ物に成らないほど、低い様ね。
これなら、このまま捕獲しちゃおうかしら。
刹那、悲鳴を上げ、バタバタと暴れていた男が、飛び上がる様に立ち上がって、脱兎の如く走り去っていく。
「えっ?」
油断したわ……でも、まあ、男が逃げた先は、泰治叔父様や爺が待ち構えている方向よ。
予定通りだわ……予定通り♪
「曹長さん、追いましょ!」
「ハッ!」
追って行くと、前方で泰治叔父様が、立ちはだかる様に待ち構えている。
良い位置だわ。
泰治叔父様は右手の義手の鍵爪を、眉間の前に立ててらっしゃるけれど……もしかして、刀印を結んでるのかしら?
義手の鍵爪で空中に五芒星を描く。
「後鬼!我が前方の敵の足を砕け!救急如律令!」
泰治叔父様の影が膨らみ、前方に伸びて、その影の中から鋼の八角棒を携えた小鬼が。
小鬼の肌は青く、頭頂部に小さな角が一本、背は低く子供程度ね、120センチぐらいかしら。
顔は、子供の様に幼く穏やかな表情で、チョット可愛いらしいわ♪
小鬼は八角棒を下段に構えて、待ち構える。
男はそのまま全速力で、小鬼に飛び掛かり、鍵爪を振り下ろすと、小鬼は華麗にバックステップで躱す。
そして、すかさず、八角棒で横薙ぎに男の膝を砕く。
ゴキッ!と砕ける音がして、男の左足は変な方向に曲がり、そのまま、もんどり打って倒れる。
後鬼ちゃん、可愛い顔して、意外にエグイわね……。
今よ!
昨日描いた、猫の肉球が描かれた御札を取り出し、右手の人差し指と中指の間に挟んで、右手を振り上げ、魔力を注入、素早く投げつける様に振り下ろす。
投げつけた御札は、空中で白く発光し形を変えつつ巨大化、直径2メートル厚さ80センチ程の円盤状に成って、男の上に覆い被さる。
「捕獲!」
円盤は、巨大な猫の手の姿に実体化し、男を押さえ付ける。
男は、巨大な猫の手の、指と指の間から顔を出して、もがいているようですけれど、がっしりと地面と肉球に挟まれて身動きが取れ無い様ね。
巨大な爪が、地面に深く食い込んでいますから、そうそう抜け出す事は出来ませんわ。
「泰治叔父様、上手く行きましたわ♪」
「ああ、それにしても驚いたな……この様な術初めて目にしたよ……」
「叔父様の式神や、私の猫ちゃん達と違って、複雑な事は出来ませんけれど、その分、単純に質量と強度に特化した猫の手ですの。色々応用が利きますのよ♪」
「それと、私も驚きましたわ、爺から泰治叔父様が、式神をお使いに成るとお聞きして、てっきり十二天将をお使いに成ると思っていましたけれど……後鬼をお使いに成るとは。もしかして前鬼もお使いに?」
「ははは、家は土御門と言っても、分家だからね。十二天将は本家が使役する事に成っているのさ。だがそれも、今では本家にも使役できる者はいないと云う話だよ。前鬼と後鬼は、まあ、縁有ってね」
「もう暫く、この猫の手は消えませんけれど、今のうちにこの方を縛り上げた方が宜しいわ、泰治叔父様」
「そうだな、伍長、対魔用の捕縛縄を!」
「ハッ」
「対魔用の捕縛縄なんて有りますのね」
「ええ、小町ちゃん。対象者の魔力をある程度弱める作用が有る縄よ。最も公使程、強力な魔力を持った相手には通用しないでしょうけれど、この男程度なら大丈夫そうだわ」
と、諏訪さんが教えてくれる。
「ニャー♪」
「にゃー♪」
足元を見ると、ノワールとブランが甘える様に私の足元にスリスリ。
二匹の頭を優しく撫でて、労ってあげる。
この子達は良くやってくれたわ。
「あなた達のお陰で、襲撃者を逃がさずに済んだわ♪」
取り合えず、逃がさずに済んだのは良いのですけれど……。
「それで、この方、どなたですの?」
補足情報:
〇前鬼と後鬼
役小角が使役していたとされる鬼。
式神とも弟子とも言われているそうです。
因みに前鬼が赤鬼、後鬼が青鬼。




