海狸香
「ふ~、疲れましたわ。まだ作らないといけない猫召喚のお札が40枚以上、その他にも幾つか魔法陣を描かないといけないと考えると、気が遠く成りそうだわ……。でも、ノワールとブランの召喚が上手く行ったのは大きいわ」
そう言えば、いま何時ごろかしら……。
「はぁ~、もう7時半過ぎだわ」
そろそろ、夕食をいただきに行きましょう。
あまり遅くなると、またお母様や、千代さん達に心配を掛けてしまうわね。
少し遅い夕食を一人で取った後、リビングの前を通り過ぎると、何か良い香り。
香水の香りだわ。
ん?
不意に、以前嗅いだ事の有るベリー系の香りが漂う。
「あら!?嫌だわ~、男性用の香水が混じっていますわ!」
お母様の声だわ。
何となく気に成ってリビングのお母様の元へ。
ローテーブルの上には、十本以上の香水の瓶が並んでいる。
「あら、小町ちゃん♪夕食はいただいたの?」
「ええ、先ほど千代さんに用意して貰って、いただきましたわ」
「それなら良いわ。あまり根を詰め過ぎてはだめよ。体を壊してしまうわ。あまりにこき使われる様でしたら、私から待遇を改善する様に、あの男に言ってあげますからね」
因みにあの男とは、叔父様の事よ。
「あら?小町ちゃんリボン変えたのね、とても似合ってるわ♪」
「有難う、お母様♪先ほど作りましたの♪」
「猫ちゃんのカメオ、とっても可愛いわ♪」
「それよりも、お母様、そちらの香水は?」
「あら?小町ちゃん♪香水に興味があるの?良い事よ♪でもー、今日持って来て貰った香水は、あまり良い物が有りませんのよ。それに……男性用のまで混じっていますのよ」
「お母様の手に持ってらっしゃる香水は?」
「これ?この香水が気に入りましたの?……でもこれは、男性物よ。小町ちゃんには似合わないわよ。あっ、そうそう、何だったらお母様が、小町ちゃんに似合う香水を選んで差し上げるわ♪」
「いえ、そうでは無く、知り合いの男性が付けていた香水の匂いに、似ていたものですから」
「あら!駄目よ!こんな安物の香水を付ける様な男性とは、お付き合いなんかしてはダメよ!小町ちゃんと釣り合う、もっとセンスの良い男性を見つけないと行けませんわよ♪」
マズイわ……お母様が話を変な方向に向けだしましたわ。
軌道修正しなくては。
「お母様そうでは有りませんわ。その方は40は過ぎた方ですし……」
と話したところで、お母様が頬を赤らめて口を挟む。
「まーーー!小町ちゃん!お母様より年上の男性だなんて!絶対許しませんわよ!」
はぁ~、疲れてきましたわ……。
「お母様!お話は最後まで聞いて頂きませんと!」
「いいわ!小町ちゃん!話してちょうだい!」
「その方は、叔父様のお手伝いで、私がお正月に調べていた事件の容疑者の方ですの。それも、その方は既にお亡くなりに成りましたわ」
「あら♪いやだわ、お母様ったら、変な誤解してゴメンナサイですわ♪」
やっと、聞きたいことが聞けそうだわ……はぁ~。
「それで、お母様、先ほどそちらの香水が安物だとか何だとか?」
「ええ、そうなのよー、これはね海狸香と云う香料を使った香水ですのよ」
「海狸香?」
「ふふ♪小町ちゃんチョット嗅いで御覧なさい」
お母様が差し出した小瓶を手に取り、嗅いで見る。
やっぱり、公使と参事官が付けていた香水だわ。
「ベリー系のフルーティーな香りが致しますわ……、少々品に掛ける感じはしますけれど」
「さすがは小町ちゃんよ、鋭いわ。このベリー系の香りが海狸香の特徴なの。で、小町ちゃんが品に掛けると感じたのは、これがアメリカ産だからですのよ♪」
「小町ちゃん、海狸て何のことが御存じ?」
「いいえ、何の事ですの?」
「じゃあ、ビーバーと云う動物は?」
「え、あの木を齧って倒して、ダムを造るっていう、ビーバーですの?お母様」
「ええ、そのビーバーの香嚢から取れる分泌液から作られたのが海狸香よ、カストリウムとも呼ばれていますわ」
「お母様、ビーバーてこんなフルーティーな香りが致しますの?」
「ふふふ、勿論そのまま嗅いだら凄い悪臭だと聞いたことが有りますわ。だいぶ薄めて香水の香料に使いますのよ。麝香なんかと同じね」
「お母様、アメリカ産だから品が無い様な事を仰っていましたけれど?」
「そうよ、ビーバーと云うのはアメリカ大陸の他に、欧州にも住んでいるの。食べる物が違うのかしら、欧州産の海狸香の方が、良い香りがしますのよ」
お母様は、何時ものほほんとしているのだけれど、さすがは嘗て、西家の才女と呼ばれていただけ有って博識だわ。
「お母様、もう一つお聞きしたいのですけれど、この海狸香の香水を取り扱っているのお店と云うのは、たくさんお有りですの?」
「うーん、そうね、海狸香を使った香水は他にもあるかもしれないけれど、この香水と全く同じ香水は、今日香水を見せにいらっしゃった、土手瓦商会にしか置いて無いと思うわ。これらの香水は、土手瓦さんとこの調香師さんが、ブレンドなさったものですもの」
とすると、公使と参事官は、このお店の香水を使っていたと云う事かしら。
まあ、だからと言って、事件とは何も関係しないかもですけれど。
でも、お母様とこうやって、香水のお話が出来ただけでも、良い息抜きに成りましたわ♪
「でもねー、なんか土手瓦さんとこ、今大変らしいのよ。お正月の夜から、社長さんと番頭さんが突然いなくなったらしいの。だから、今日は社長さんの息子さんがいらしたのですけれど……まだ、お仕事慣れて無いのかしらね。私が注文していた香水以外で、お持ちに成った香水はどれもセンスが宜しく無いわ。そのうえ男性用の香水まで……」
ん?
行方不明って事!
資産家や有力者の行方不明事件……諏訪さんが捜査している事件と関係が……?
偶然かもしれないけれど、もしかすると、香水を介して大使館の事件と、行方不明事件が繋がるかもしれませんわ。
補足情報:
〇海狸香
現在では化学的に合成されたものが多く広まっているそうです。
因みに、以前はストロベリーアイスクリームの香料とかに使われた事があるとか。




