精霊結晶
時間は未だ朝六時前、外はまだ暗いわ。
「いい加減、ゆっくりとお休みを頂きたいのですけれど……そうもいかないのでしょうね。多分直ぐにまた、お呼びが掛かる気がするわ。それまでに、魔法陣と魔道具の準備をしませんと、先日の様な悲劇を繰り返す事に成るわ」
今ある猫召喚の御札は220枚、これでは、とても戦いでは使えないわね。
魔法陣の維持に必要な猫が最低200、術の贄に成る猫が100、合わせて最低300枚は必要よ。
出来れば500枚は欲しいところですけれど、そこ迄書き溜めるまで何も起こらない、と云う保証は無いわ。
せめて、300枚までの残り80枚は今日中に描いておかないと。
机に向かて、魔法陣を描き描き、丁寧に、正確に、魔力を込めて、次々に描き上げる。
途中、千代さんが朝食の準備が出来たと呼びに来たけれど、お部屋に持って来る様に頼んで、そのまま描き続ける。
因みに、どんぐりの木に巻き付かれた一輪挿しは、その時千代さんに下げてもらったわ。
お部屋での魔術の実験は控える様にと、やんわりと叱られましたけれど……。
お昼過ぎ、トントンとノックの音。
「お嬢様、お昼の準備が出来ました」
「御免なさい、千代さん。悪いけれど、またお部屋まで持って来て頂けるかしら」
「かしこまりました」
暫くすると、再びノックの音。
「お嬢様、お持ちしました」
「有難う、千代さん。そちらのテーブルの方に……」
「うんしょっ!うんしょっ!」
お部屋に入ってきたのは千代さんじゃなく、お皿を大事そうに両手で抱えた道彦だわ!
真剣な面持ちで慎重に、ソファーの前のローテブル迄歩いてくる。
めっちゃ可愛い♪
無事、テーブルの上にお皿を置くと、見守っていたメイドの美穂さんが、ほっと胸をなでおろす。
「ミッチー♪お昼持って来てくれたのね♪」
誇らしげにほほ笑む道彦を抱きしめ、いつもの様に頬をスリスリ。
昨日の夜に、お休みのスリスリをしたけれど、その後パラレルリープしたから実質、三日ぶりのスリスリだわ♪
道彦が持って来てくれた皿には、生ハムと卵とチーズを包んだガレットが乗ってある。
「今日のお昼はガレット・コンプレットですのね。とっても美味しそうですわ♪」
ガレットの皿の横にスープと、サラダを千代さんが並べる。
道彦は、お昼を済ませていた様だけれど、千代さんが気を使ってくれて、道彦にもマドレーヌとオレンジジュースを並べてくれる。
「じゃあ、ミッチー一緒に頂きましょう♪」
「はい、お姉さま♪」
多分お母様が、私が根を詰め過ぎ無い様にと気を使って、道彦を私の部屋に寄越してくれたのだわ。
確かに、少し焦り過ぎかも。
適度な休憩は必要だわ。
その後、道彦に絵本を読んであげたり、さっき描いた御札を一枚使って、猫を召喚してあげたりして遊んだ。
二時過ぎ頃、眠くなったのか、お昼寝モード成った道彦を千代さんに託し、夕食は遅く成るかもと告げ、お爺様の部屋へ向かう。
猫召喚の御札も必要だけど、他にも準備して置かなくちゃいけない物があるわ。
現代にウルタールを置いてきた以上、あの子の代わりに成る使い魔が必要よ。
ウルタールは本当に良くやってくれたわ。
そもそも、戦闘用で無いあの子が、現代では、あの化け猿を一撃で倒すまでに成ってくれた。
じゃあ、最初から戦闘力も兼ね備えた使い魔なら……?
お爺様の部屋の床の間を経由して、地下二階の一つ目の部屋に入り、目的の棚へ。
この部屋は、他の二つの部屋よりも、広く、たくさんの棚が並んでいるわ。
そして、それらの棚の扉や引き出しにも、セクメトの慧眼が仕舞われていた棚と同様、魔力を入力するタイプのセキュリティーが施されている。
それは当然だけれど、それとは別に、無知な侵入者が、目的の物が探し難く成る様に工夫され整理されている。
さすがに此れだけの棚が並んでるんだもの、何処に何が保管されているか、整理が必要よ。
だけど、誰が観ても分かる様じゃダメだわ。
それで、各扉や引き出しには、ラベルが張られているのだけれど、それらの文字は、目に魔力を集中させないと、読むことは出来無い様に成っているわ。
そして、そこに書かれている文字は、保管品の出所と関係ない文字で書かれているの。
私の目の前にある、ケルトの魔道具や素材が保管されているこの棚の引き出しには、漢字伝来前の古代日本で使われていた、神代文字のヲシテ文字でラベルが書かれているわ。
目的の引き出しを探す……有った。
記号の様なヲシテ文字で、『精霊結晶』と書かれた引き出しに手を触れ、32パターンの魔力を入力して引き出しを開ける。
大正の世界では、精霊が自然発生することが稀にあるの。
その時、精霊に成り損なった魔力が結晶化して残る事があるわ、それが、精霊結晶よ。
引き出しの中は、五センチ四方に木枠で区切られ、それぞれの枠の中に、半透明のカラフルな結晶が収まっている。
枠の中のラベルを眺めて、目的の結晶は……。
「有ったわ!これと♪これね♪」
私が手に取ったのは白く半透明な結晶と、黒く半透明な結晶。
二つとも、ラベルには同じ精霊の名前が明記されていたわ。
で、そこに書かれていたのは……まあ、そのうちにね♪
次に別の棚へと向かう。
この棚は特に魔術的に危険な物とかでは無いから、特別なセキュリティーが施されている分けでは無いわ。
単に、魔法陣を書く為の羊皮紙が欲しくて、この棚の前に来ただけなのだけれど……。
「正直この棚にはあまり近付きたく無いのよね……精神衛生上……」
羊皮紙の棚の横には、人皮紙と書かれたラベルが……こっちは、一生使うことは無いわ!
補足情報:
〇ヲシテ
漢字が伝わる以前に、日本で使用されていたのかも、と言われている、いわゆる神代文字の一つ。
『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』『フトマニ』の三つの文献は「ヲシテ文献」と呼ばれています。
まあ、これらは江戸時代に創作された偽書とされていて、考古学的には否定されているんですけどね。




