どんぐり
ベッドの天蓋が目に入る。
大正に戻って来たのね。
「結局……骨休めに成らなかったわ。と言うか、寧ろ返って疲れたかもだわ」
外はまだ暗いわね。
何時かしら?
時計を見ると未だ五時過ぎ。
小野小町だったら、迷わず二度寝するところだけど……今日は色々やる事も有るし、仕方が無いわ。
「うーーーん」と、背伸びをしてベッドから這い出る。
背伸びで振り上げた右手の中に握られたものが、カリッと音を立てる。
「無事、持って来れたみたいね♪」
右手の中にはどんぐりが三つ、確かに有るわ。
しかも、どう云う訳か、現代で感じた魔力より濃厚な魔力を感じる。
先ずは、確認してみなくちゃいけない事が有るわね。
現代では、ウルタールの十円札を鏡に映すと、一万円に見えた。
私の考察では、「一万円かー」と声を出したから、そう見える様に成ったのでは、と云うことだったけれど……。
では、声を出す前はどう見えていたのか?
どんぐりを握りしめて、いざ、鏡の前へ。
そして、どんぐりを一つ摘み、鏡に映すと……こ、これは!
形の定まらない、白い靄……何か粒子の様な物が集まっている様に見えるわね。
大きさや、大体の輪郭はどんぐりとほぼ同じくらい。
以前、試した事がある。
召喚した猫を鏡に映すと、同じく白い靄の様に、不確定な形を取っていたわ。
ウルタールの様に名前を与えられていない猫は、この世界では実体の定まってい無い不安定な存在。
暫くすると、鏡の中の靄は拡散し、召喚した猫は消滅した。
このどんぐりも同じ様に、大正の世界に召喚され、未だ実体が定まってい無い曖昧な状態、と云う事なのかしら……?
で、次に試す事は……。
「どんぐり!」
白い靄が形を整え、色が浮かび上がり、鏡の中でも肉眼でも、全く同じどんぐりが、私の人差し指と親指の間に収まっている。
他のどんぐりを鏡に映しても、ちゃんと、どんぐりとして鏡に映っているわ。
やはり、現代と大正とで、何か物を移動させた時、それは言霊を得るまで、移動先の世界では、物質として不安定な状態にあると云う事が想定出来るわね。
もし、そうだとすると、言霊を得る事無く暫く放置すると、魔法で召喚された猫達と同じ様に、消えてしまうと云う事かも……。
まあ、それも、実験して確かめないと確証は無いけれど……ん?
危なかったわ!もし、現代でウルタールの十円札に一万円と言霊を与え無かったら……ウルタールは消滅していたかも知れないわ……。
「でも♪言霊を与えて実体を安定させる事が出来ると云う事は♪二十円札を現代で換金できると云う事♪次のリープが楽しみですわ♪♪」
さて、もう一つ確認しないといけない事が残っている。
そもそも何で、このどんぐりに魔力が籠っているのか、謎では有るんだけれど、どんな性質の物か確認した方が良いわね。
もし、暴走して被害を与える類の物なら、現代に置いて来たどんぐりを封印したり、優弥くんに拾った場所を聞いて、何か対処しないといけないかもだし。
「本当は、こう言うのは外で試した方が良いのだけれど……」
外は、一面の銀世界。
「しかも、こんな早朝だし、めちゃくちゃ寒いに決まってるわ!」
仕方ない、お部屋で試しましょ♪
どんぐりを一つ掌に乗せ、ゆっくりと魔力を流していく……徐々に流す魔力の出力を上げていく……先ずは、一割の魔力。
さすがにこの程度では反応が無いわね。
そもそも、現代でも小野小町が試して何も反応無かったもの。
では、二割……三割……四割……五割……。
まだ、反応無いわ。
単に魔力を帯びてるだけの、只のどんぐり、と云う事かしら?
六割……七割……八割……パリーン!
「キャッ!」
刹那、ガラスの様な高質な音を立て、どんぐりの殻が砕け散り、そして、瞬時に成長した細い木の幹が、私の手のひらから伸び、近くに有った一輪挿しを巻き込んで成長を止めた。
び、びっくりしたー……。
しかし、これはいったい……、木が何か物を巻き込んで成長する、と云うのは聞いたことが有るけれど、そういう感じなのかしら?
成長した木の長さは一メートルを少し超えるくらい、幹の太さは三センチ程度、そして一輪挿しを、飲み込む様に巻き付いて床に転がっている。
根も少し伸びている様だわ。
咄嗟に手を離したから助かったけれど、下手をすると私の右手迄、巻き込まれていたかも……。
「危なかったわ、ホント……不用意な事はするもんじゃ無いわね」
床に転がっているその木の幹を触ってみると、妙にツルツルして、固くて木じゃ無いみたいだわ。
試しに指先で弾いてみると、キーーンと金属質な音がする。
今度は、机の引き出しから彫刻刀を取り出し、削ってみる……めちゃくちゃ固く、まったく刃が通らない。
「それにしても、困ったわ。どうすれば一輪挿しを取り出せるのかしら……後で、千代さんに謝らないと」
まあ、見たところ、木の幹が固いのは、私の魔力で硬質化させてる様だし、その魔力も徐々に蒸発している様に見えるから、多分放って置けばその内普通の木に戻るとは思うけれど……。
ん?
魔力が残っている間は、どうやっても取り出せないと云う事は、これ使えないかしら?
私の千匹猫を使った戦闘スタイルは、基本的に鉄鎖の捕縛で動きを止めてから、その他の術を使って嵌めると言う物だけれど。
その鉄鎖の捕縛には欠点がある。
鉄鎖の陣を築く時に、猫達が攻撃を受けて陣を崩されると、術が使えない。
先日の公使との闘いでも、そこは苦労した点でもある。
あの時はあのワンちゃんに助けられて、術は成功したけれど、そうそう上手く行くとは限らないわ。
でも、このどんぐりを使えば、敵を捕縛なり、動きを止めるなり、出来るのではないかしら?
もっとも、このままでは制御が難しそうだから、何か工夫は必要でしょうけれど。
「優弥くんには、良い物を貰ったわ♪感謝ですわ♪」
「ですけれど……優弥くんは此れを何処で拾ったのかしら?また一つ謎が増えましたわ……」




