キジトラ猫
左手に破魔矢を持ち、右手で刀印を結んで猿と対峙する。
本来の私の戦い方は、あらかじめ用意した魔法陣に魔力を通して発動させると言うスタイル。
だげど、手元にあるのは、召喚出来るかどうか分からないウルタールの魔法陣のみ、しかもそのウルタールは戦闘用の使い魔では無いわ。
さて、どうしましょう……。
もっとも、だからと言って何も出来ない分けでは無い。
そもそも、蘆屋家の源流は陰陽師の家系、魔法陣が無くても戦う術は有るわ。
「あまり得意では有りませんけれど」
右手の刀印の指先に魔力を集める。
指先から薄っすらと、紫色の魔力が立ち昇る。
どうやら、現代の世界にも魔力は存在する様ね。
だけど……指先に集まった魔力は、大正の蘆屋小町の3パーセントと言うところですわね……。
これで、どこまで戦えるか。
「臨」
刀印を横に切る。
「兵」
刀印を縦に切る。
「闘」
刀印を横に切る。
「者」
刀印を縦に切る。
「皆」
刀印を横に切る。
「陣」
刀印を縦に切る。
「烈」
刀印を横に切る。
「在」
刀印を縦に切る。
「前」
刀印を横に切る。
と、素早く早九字を切ると、猿は、「ウキッ!」と、飛びずさる。
今の私の早九字程度では、これが精いっぱいだわ。
「でも、少しでも魔力が使えるなら戦えるわ。次はもう少し、直接的な方法を試そうかしら」
破魔矢を正眼に替え、魔力を通す。
破魔矢の間合いはやや短い、相手との距離を考えると、向こうから仕掛けてくれた方がやりやすいわ、足場も悪いですし。
言葉を理解出来るか分からないけれど……。
「さあ、掛かってらっしゃい。お猿さん♪」
さて、挑発に乗るかしら。
「キーー!」
牙を剥き出しにして飛び掛かってくる!
此方からも半歩間合いを詰めて、カウンター気味に喉へ突き!
「ウギャーー!」
奴は喉を押さえてのた打ち回る。
でも、未だ浅い、斃し切れない……。
奴は怒りに目を血走らせて立ち上がる。
破魔矢と言っても所詮細い棒きれ、そう何回も打ち込むことは出来ないわ。
何とか次で、決めたいところね。
もう一度正眼に構えて対峙する。
本来の蘆屋小町の魔力なら、あの一撃で確実に滅することが出来たハズですけれど……やり難いわ。
不意に、奴が横に走り出し、木の幹にジャンプ。
そして、三角飛の要領で頭上から飛び掛かってきた。
今度こそ斃す!
焦らず、狙い澄まして……突き!
奴の左目に突き刺さる!
やったわ!
その刹那、パキッ!と破魔矢が折れる。
「ギャァーーーーーー!」「ウギャァーーーーーーーーーー!」
奴は凄まじい奇声を上げ、のた打ち回る。
折れた破魔矢を抜こうと、もがいてる様ですけれど、根元で折れた破魔矢を掴めず抜けない様ね。
それなりに大きなダメージを与えることは出来たわ……だけど、致命的な物には至らなかった……。
不味いわね。
折れた破魔矢は、もう使い物に成りそうに無いし、どうした物かしら?
武闘派のお爺様や、爺なら、躊躇なく魔力を込めた拳を叩きこんで、トドメを刺しに行ったのでしょうけれど、蘆屋小町の拳はその様な凶器に出来てはいないし、まして、普段食っちゃ寝してる小野小町の拳なら尚更ですわ。
「やはり……仕方有りませんわね」
ポケットの中の十円札を取り出す。
「上手く行ってくれるかしら?」
十円札に魔力を通す。
奴はまだ「ギャーーーーー!」と奇声を上げて転げまわっている……今のうちに、でもなかなか変化は無い。
やっぱり小野小町の魔力が弱すぎるわ。
神域の魔力を吸収して、全身を駆け巡らせ、馴染ませて、右手の人差し指と中指に挟まれた十円札に集めるの!
十円札が白く発光し始める。
あと、もう少し!
更に強く発行し、指から離れ、不定形に形を変え、そして……。
「にゃー!」
「上手く行ったわ!」
でも……ウルタールに何やらせれば良いのかしら……?
手負いの猿と、非戦闘用の使い魔のウルタール……闘わせて大丈夫かしら?
でも、考えている暇は無さそうですわ。
奴は既に立ち上がり、牙をむき出しにして涎を垂れ流しながら、憎悪に歪んだ顔で、こちらを睨みつけている。
「ウルタール、私が援護します。奴に止めを刺してくれるかしら」
「にゃー!」
先ほどは、片手に破魔矢を持っていましたし、素早く九字を切りたかったから、密教式の早九字を切りましたけれど、本来蘆屋家に伝わる九字は陰陽師式のもの。
両手で独股印を結ぶ。
「青龍」
次に大金剛輪印。
「白虎」
次に外獅子印。
「朱雀」
次に内獅子印。
「玄武」
次に外縛印。
「勾陳」
次に内縛印。
「帝台」
奴は私の九字に危険を感じたのか、九字を切り終わる前に飛び掛かってきた。
次に智拳印。
「文王」
ウルタールがすかさず飛び掛かって、迎撃の猫パンチ!
上手いわ!破魔矢が突き刺さった左目にヒット。
「ギャッ!」と奴が怯む。
次に日輪印。
「三台」
最後に宝瓶印。
「玉女」
「ウギャッ!」と、奴は短く悲鳴を上げて、金縛りの様に固まる。
「今よウルタール!」
ウルタールが奴の喉笛に噛みつく…………?
「ハムハム……ハムハム……」
多分……本人は至って真剣なんでしょうけれど……甘噛みしてる様にしか見えませんわ……。
「ギャーーー!」
金縛りの解けた奴が、ウルタールを強く叩き飛ばす。
「ウルタール!!」
木の幹に強く打ち付けられたウルタールは、ぐったりとしているわ。
すかさず抱き上げて、左手で庇う様に抱え、右手で刀印を作り、再び奴と対峙。
「キッーー!」と奴は、威嚇する様に牙を見せる。
どうしましょう……やはり、これ以上ウルタールに無理はさせられませんわ。
もう、この前の様な消失感を覚えるのはイヤよ!
こう成れば、格闘戦に持ち込むしかないわ。
右手に作った刀印を、奴の残った右目にねじ込んで、ありったけの魔力を奴の体内に直接叩き込んでやるわ!
大分気持ち悪い作戦ですけれど……。
威嚇する奴を睨み返して、距離を保ちながら魔力を練る。
そして、全身に巡らせる。
小野小町で魔力を使う事に慣れて来た為か、神域の魔力を吸収した為か、さっき迄より強い魔力が体を巡るのを感じるわ。
ん?
「重っ!」
不意に重く感じたウルタールを落としてしまったわ。
「えっ!?デカッ!」
そこには、居たのは、キジトラの毛並みを持つアメリカン・ショートヘア……間違い無くウルタールの姿をしている。
でも、その体長が1メーター以上の大きさに。
どういう事?
もしかして、私が全身に巡らせたハズの魔力がウルタールにも流れたと云う事?
え?
使い魔が、魔力を流して巨大化するなんて話、聞いた事有りませんわ。
ウルタールが私の前に出て、毛と尻尾を立てて「ギャーーー!」と奴を威嚇する。
もしかして、今のウルタールなら行けるかも。
「ウルタール、もう一度行きますわよ!」
「にゃー!」
「青龍、白虎、朱雀、玄武、勾陳、帝台、文王、三台、玉女」
再び両手で印を作りながら、九字を唱える。
「ウギャッ!」と奴が金縛りに成った刹那、ウルタールが奴の喉笛を瞬時に噛み千切る。
「ギギャーーーーーーーー!」
と耳を劈く断末魔の叫びを上げて、紫色の粒子と成って消えていったわ。
フーと力が抜け、全身に巡らせていた魔力も抜ける。
「ウルタール!」
そして、何時ものサイズに戻ったウルタールを抱きしめる。
「にゃー♪」と、甘えてくるウルタールはいつものウルタールだ。
「本当に有難うね♪」
補足情報:
〇九字
本編中の物の他に、「臨兵闘者皆陣列前行」など、色々バリエーションがあるみたいです。




