魔猿
二日目のバイトが終わって帰り道、昨日と同じく、あぜ道を自転車を押しながら歩く。
「やっと、あと明日一日でバイト生活が終わるよ……まあ、現代の世界は……だけど」
あぜ道の横を見ると、昨日あの猿が登っていた柿木だ。
ん?ヤバくない?
不用意にあぜ道に来ちゃったけど、またあの猿出てきたりしないよね……。
むっちゃ怖いんですけど。
ん?なんかチョット引っかかる……。
あの猿はあの時、優弥くんから御守りを取り上げたんだよね……しかも破魔矢で退治出来た……って事は、あの猿もやっぱり普通の猿じゃ無いんじゃ……。
余計怖くなって来た。
自転車のライトを取り外して辺りを見渡す。
何も居ない。
柿木の上は?
良かった、今日は居ないわ。
でも、急いで帰った方が良さそう。
チョット足元がガタ付いて怖いけど、自転車に乗って急いで帰ろう。
明日の帰りは、遠回りして帰ろ。
三日の朝、やっぱり気にかかる。
と云うか、妙な確信の様なものが有る。
今日は猿が出る。
そんな確信だ。
小野小町じゃなく、多分蘆屋小町の方の経験と直感から来る確信だわ。
奴がもし、物の怪の類として、あの手の妖は、めちゃ執着心が強い。
奴に破魔矢で一撃を喰らわせた私に、まず間違いなく恨みを抱いてるハズよ。
現代じゃ自堕落に過ごそうと思ってたのに……何この洒落怖展開は!
バイト行きたく無いなー……。
でも、今日行かなかったとしても、奴はいつか目の前に現れる……。
それだけじゃ無い、奴の恨みの対象は優弥くんにも向いたと思う。
だとすれば最悪、優弥くんのお母さんやお腹の赤ちゃんにまで、危険が及ぶかも……。
「えーい!こう成りゃ、受けて立ってやろうじゃない!小野小町にだって、蘆屋小町の真似事ぐらい出来る……ハズよ!」
引き出しに仕舞った十円札、ウルタールを持ってく事にしよう。
蘆屋小町が魔力を込めて描いた魔法陣だもの、ウルタールを召喚出来なくても、御守りぐらいには成る……と思う。
あとは、篁神社で売れ残りの破魔矢を、一本護身用に分けて貰って、それでぶん殴って退治してやる!
「何処からでも、掛かって来るが良いわ!!」
……とは、言ったよ、確かに……でも、いざ奴を目の前にするとめちゃ怖い……。
三日目のバイトも終わって、売れ残りの破魔矢を一本貰って帰宅中……奴がいた。
しかも、遠回りして舗装された道を通てるのに、道路の真ん中に、二本足で立って仁王立ちしてる。
待ち伏せしてたんだ!
やっぱデカい。
1メートルは優に有る。
そして……歯を見せてるのも、威嚇なんかじゃない、笑ってるんだ。
こいつ、やっぱ生きた猿なんかじゃ無い!
取り合えず、貰った破魔矢を右手で握る。
でも、どうしよう……?
ちょー怖えぇ……。
選択肢は三つ……。
一つ目は、自転車で突っ切る……奴に向かってくの?……絶対無理!
二つ目は、引き返して篁神社に駆け込む……まだ、神社の近くだから悪くは無いんだけど……今ここで?奴に背中見せんの?危険じゃね?
三つ目は、当初の予定通り戦う!……普段、食っちゃ寝してる小野小町が?こんなスグ折れそうな棒切れ一本で?結構無謀じゃね?
ダメだ……選べる選択肢が無い……。
どうしようかと躊躇ってる刹那、奴が「キッ!」と一鳴きして、こっちに突進してきた!
不味い!
咄嗟に自転車を乗り捨てて、田んぼに飛び降りる。
この時期の田んぼは固く、稲の切り株で足を取られながら走る。
方向は悪くない。
向こうに見えるのは、篁神社の裏山、ほぼ真裏だけど小さい山だし、山を回り込めば篁神社の境内に逃げ込める。
そしたら、叔父さんに……祓って貰えるよね……?
うーーむ、いまいち頼りないんだけど……。
でも、問題は私の足で逃げ切れるか……ん?
おかしい、追いつかれる気配がない。
奴の足音は、確かに追ってきている。
だけど、私の走る速度に合わせてる感じがする。
試しに方向転換。
ザザッ!と素早く回り込まれる。
仕方なく、走る方向を山に向ける。
奴は、私を山に追い込んでるんだ!
なんで?って考える必要も無いか……。
奴は猿だもんね、単純に山は奴のテリトリーと云う事か。
それと、叔父さんの話では、この山は神域と云う事らしい。
以前、お爺様から、神域に溢れる魔力や霊力に、引き寄せられる妖もいるって聞いた事がある。
大正で、公使が明治神宮に向かったのも偶然なんかじゃなく、引き寄せられて向かったんだ。
そして、多分この猿も……。
奴の思い通りに追い込まれるのは癪だけど、他に選択肢は無いし、それに、もしかすると、その神域にこそ勝機が有るのかも……。
もうすぐ、篁神社の裏山だ。
常緑樹が生い茂る、緩やかな傾斜を駆け上る。
えっ?背後の気配が消えたわ。
振り返っても、奴は居ない。
消えた……わけじゃ無いハズよきっと。
木の上に上ったか、何処かに潜んだか……。
ここは、奴のテリトリー、絶対油断してはいけない。
でも、それと同時に、ここは神域だ。
神域に漂う魔力を感じろ、そして、体に取り込むんだ、蘆屋小町なら出来るはず。
そもそも、今回のパラレルリープは最初からおかしな事が続いているわ。
ウルタールの十円札に始まり、優弥くんに出会ったり、そしてこの猿……。
今までは、現代の世界には存在しないと思っていた出来事を体験している。
それは何故?
そもそも、現代の世界にも、魔力や霊力が有って、今まで小野小町は、それを感じる事が出来無かっただけなんじゃぁ?
逆説的に言えば、優弥くんや、あの猿を見える様に成った小野小町は、蘆屋小町の様にとは行かなくても、その力の一部でも引き出せるんじゃ無いの。
思い出して!蘆屋小町の体の動かし方、魔力の流れ!
小野小町と蘆屋小町が一つに重なるイメージ。
神経を研ぎ澄ます。
カサッ!
刹那、背後から奴が!
蘆屋小町の体捌きで、紙一重で躱す。
上手く行きましたわ……でも、凄く神経を使いますわね。
攻撃を躱された奴は、怒りの籠った目で、私をにらみつけている。
体の動きは蘆屋小町の七割と言うところかしらね。
それでも、大正の世界で培ってきた、武術は武器に成りますわ。
後は、魔力ですけれど……さて、上手く行くかしら?




