縁談?相談?
「この様な時間に失礼します。お嬢様」
部屋に入ってきたのは、勤続30年代々我が家に仕えるメイド長の山田千代さん。
ほっそりとした体形で狐目、一見きつい印象だけど、すごく温厚で優しい女性よ。
「旦那様がお呼びです。応接室に来る様にとの事ですが、お休みに成られる様でしたら、この様なお時間ですし、私の方から旦那様にそう申し上げますが、如何なさいますお嬢様?」
「応接室というと、何方かお客様かしら?」
「はい、西男爵様がいらして居ります」
西男爵というのは母の兄で、西男爵家の当主で憲兵司令官。
憲兵司令官というと怖いイメージだけど、豪放磊落を絵に描いたような愉快な叔父様よ。
「そう、でしたら叔父様に新年のご挨拶をしないといけませんわね」
部屋を出て一階のホールへ降りる階段へと向かう。
我が家は2階が家族の寝室や書斎などのプライベートな空間、一階には食堂やリビングや応接室、それに使用人の部屋などがある。
一階に降り応接室の前まで来ると、話声が聞こえてきた。
この大きな声は叔父様ね。
何かヒートアップしてる様だけど何かしら?
「頼む久弥、いや蘆屋伯爵、小町を儂とこにくれ!頼む!」
な、な、な、何ちゅう事を頼んでるの、あのおっさん!
あら、いけませんわ、今はお嬢様モード。
少し動揺してしまいましたわ。
叔父様には一さんという24歳の息子さんが居るの。
私にとっては従兄ね。
多分その一お兄様との縁談話ね。
一お兄様の事は嫌いでは無いけれど、これは丁重にお断りしなくては!
ドアを開け応接室の中へ。
「叔父様、お声が大きくてよ、外まで聞こえてまいりましたわ」
「おお、そうかすまんかったな」
「まあ、それはともかく、叔父様明けましておめでとうございます」
「ああ、明けましておめでとう」
「お父様も、お母様も明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとう」
お父様は、いつも通り厳格だけど、包容力のある笑顔で新年のあいさつを返してくれる。
「明けましておめでとう小町ちゃん」
お母様もいつも通りにこやかにあいさつを返してくれたあと、鋭い視線で叔父様をにらんだ後プイっとそっぽを向いた。
多分、叔父様がいきなり縁談話なんか持ちだしたから怒っているのね。
とりあえず、味方一人GETと考えて良さそうね。
「ミッチーも明けましておめでとう」
お母様の膝枕で寝息を立ててる弟の道彦の頬をつんつんする。
除夜の鐘を聞くんだとはしゃいでいたけど、聞けたのかしら。
さて本題、先手必勝よ!
「叔父様、小町を儂とこにくれだなんて仰ってましたけど、どう云う事ですの?」
「おお、その事で伯爵殿にお願いしておったとこだ」
「うむ、それでお前の考えを聴こうと思ってな、夜更けにすまんかったが千代さんに呼びに行ってもらったんだが……」
お父様はそう言うとお母様の方に視線を向けた。
「しりません!わたくしは反対ですからね!」
とほほを膨らませて、プンスカしている。
単刀直入にお断りするのが良さそうね。
「叔父様、お気を悪くなさら無いで下さいね。一お兄様の事は嫌いではありませんわ、とても優しい方ですし日頃良くして頂いてますから、ですが未だお嫁に行く積りはありませんわ。だいいち、未だ女学校も卒業していませんし、それに亡くなったお爺様の代わりに道彦に魔術を教えて差し上げないと成りませんから」
「ちょ、ちょっと待て小町、何の事だ?」
お父様が慌てて問い返す。
「何の事って、私と一お兄様との縁談の話では?」
あれ?
何かみんなポカンとしてる。
「ガハハハハハ!一のやつ小町に振られおった!こりゃ愉快!ガハハハハハ!」
叔父様が膝を叩きながら馬鹿笑いしてるけど……何で?
お父様まで堪えるように笑ってる。
「まあ、一ちゃんとの縁談なら、わたくしは賛成よ!」
「小町ちゃん考え直してみない?」
お母様は目を輝かせながらとんでもない事を言い出した。
「お父様、叔父様これはどういう事ですの?」
「ガハハハ、すまんすまん。儂の言い方が悪かった様だ。西家の嫁にという事じゃなく、憲兵司令部にと云う事だ」
14歳の小娘を憲兵司令部って……どういうこと?
そっちの方が謎だわ。
「そうだ、まずは小町には礼を言わねば成らんな。先日の油小路の御令嬢がさらわれた件、うちの諏訪が随分世話に成ったと言っておった」
行方不明になった梨咲ちゃんを探していた時に、黒川さんが仕掛けたトラップの結界に閉じ込められて、出られずに困ってた諏訪さんを助けたのが、知り合った切っ掛けでしたけれど。
そういえば、諏訪さんの腕には憲兵の腕章が有ったのを思い出したわ。
叔父様の部下でしたのね。
「それでだ、諏訪の所属する部隊なんだが……、魔技取締分隊という憲兵司令部直属の特殊部隊でな。魔技とは魔法に関する技術という意味なんだが、違法な魔術や魔道具、またそれらを使った犯罪を取り締まる事が彼らの任務だ。任務がら、隊員は特殊な技能を必要としてな、まあ、小町なら想像も付くと思うが、魔術や陰陽術といったものだ。以前は人材も充実しておったのだが、詳細は話せんのだが……3年ほど前に大きな捕り物があってな。その時、多くの隊員を失う事に成ったのだ」
なんだか、叔父様は淡々と語りだしたみたいだけれど、どうやら本題の様ね。
「それ以来、慢性的な人材不足に陥っておるのだ。それもあって、軍としても異例の事だが年齢性別問わず優秀な人材を召集しておる。諏訪中尉もその一人でな、彼女は神を下ろす巫の家系のものだ。まあそれでも、去年の9月に蘆屋の御隠居がお亡くなりになる前までは、相談役としてお力添え頂けていたから何とか成っていたのだが……」
蘆屋の御隠居とはお爺様の事だ。
「では、私をその魔技取締分隊の隊員として召集すると仰るの?」
なるほど、お母様がプンスカしている理由はそういう事ですのね。
「いや、御隠居と同じく相談役として手伝ってもらいたいのだ」
「それは、どう違いますの?」
「隊員と成れば正式に軍人に成るという事だ、勤務時間は拘束され上からの命令に従わねばならん。相談役成らば、軍属として扱われるが、こちらの要請に応じて助言や助力をしてもらえれば良い。学業も今のまま続けて構わない、どうだろうか?」
修正履歴
2020/3/7 複数の括弧に分けていたセリフを一つの括弧にまとめる様に、書き方を変更。本文の内容は追加変更無し。
2020/6/30 小町の言葉遣いや表現を少し修正。本文の内容は追加変更無し。