禍津神を降ろした成れの果て
「うわーーー!」
パン!、パン!、パン!、パン!、パン!
「ぐわーーー!ゲボッ!」
大使館の西から悲鳴と銃声。
「不味いですわ、諏訪さん!警部補さんや警備の皆さんじゃ有りませんの!」
「急ごう!」
大使館の西側に向かうと、惨状が広がっている。
血を流して倒れている者が数人いるわ、そうでない人たちも呆然と立ち尽くしている。
警部補さんは銃を握ったまま、座り込み、肩に手を当て壁に寄り掛かっている……息は有るようですけれど、大丈夫かしら?
そして、何故かその横で、爺が立っているわ。
「警部補殿!お怪我は?」
「いや、俺は大丈夫だ……その爺さんに助けられた、爺さん感謝する」
「いいえ、警部補殿をお助け出来て何よりで御座います……ですが、あの方達は……」
血を流し倒れてる方達を見て、爺は残念そうに首を振る。
「伍長!」
諏訪さんが、塀にもたれ掛かって気を失っている伍長さんを見つけて駆け寄る。
「……うっ……ちゅ、中尉……しょ、小官は大丈夫であります」
「無理をするな」
良かったわ、伍長さんの方は無事な様ね……。
でも、あの血を流して倒れている方達は……恐らく亡くなってらっしゃるわ。
「畜生!いったい何なんだあれは!あれが大使の娘が言っていた悪魔って奴か!?」
警部補さんが血を流して倒れている部下を見て、地面に拳を打ち付けている。
さすがに、これはお気の毒だわ……。
暫くし少し落ち着いて、座ったまま私を見上げる。
「お嬢ちゃん、教えてくれ、あれは何なんだ?俺には姿がぼやけて奴が良く見えなかった、部下達も不意を突かれてこのざまだ」
「御免なさい、私にも詳しいことは分かりませんわ、判っているのは、あれが公使閣下でしたものと言う事しか……」
「あ、あれが公使だと?」
「確信は有りませんが、恐らく禍津神を降ろした成れの果て、では無いでしょうか」
「諏訪さん、禍津神ですの?」
「ええ、小町ちゃん、あれの放つ霊力……小町ちゃんは魔力と呼んでいたわね、それはかなり異質でこの国の神々の物では無いと思うのだけれど……、一族に伝わる文献に、誤って、若しくは意図的に禍津神を降ろして失敗した者達の末路が書かれたものが有るわ。公使閣下の変異した姿や、纏う霊力の禍々しさは、その文献に記されていたものに近かったと思うの」
そういえば、叔父様が諏訪さんは、神を降ろす巫の家系だと仰っていたわね。
以前お爺様に聞いた話だと、日本では召喚されたか、自然発生した精霊や天使や悪魔が、信仰の対象に成って神と呼ばれ、逆に暴走して人々に災いを成す様に成って、妖怪や荒魂や禍津神と呼ばれる様に成ったと聞いた事が有るわ。
召喚されたものを体に宿したり、融合したりと言う行為はとても危険よ。
人体がその魔力に耐えられず崩壊したり、精神を破壊されたり、様々な危険を伴う。
まして神と呼ばれるほどの存在を宿すには、どれほどの才能と、過酷な修行を必要とするか、想像を絶するわ。
諏訪さんも巫の家に生まれ、その才能を持ち、過酷な修行をしたはずよ。
「諏訪さん、公使はあの様に変貌し、暴走してらしたけれど、曲りなりにもその禍津神のような物を降ろすのは、成功していた様に思えましたわ。ですが、公使がその様な才能を持っていたとも、修行をしたとも思え無いのですけれど?」
「ええそうね、でも特殊な神具を使って、贄に神を降ろさせる秘術は存在するわ」
「そう言えば、何か木像のような物を持っていましたな、小町ちゃんがカラスから奪おうとしていた見たいでしたけど」
上村さんと、ストーカーさんが追い付いてきたみたいね。
「諏訪さんもしかして、あの木像がその神具と云う事かしら?」
「ええ、確証はないけれど、その可能性は高いと思うわね」
失敗したわ!もしそうだとすると、そんな危険なものをみすみす正体不明の人物に持っていかれたと云う事だわ。
その人物……誰かは分からないけれど、多分あのフードの男が怪しいわね……。
でも今はそんな事より、公使を何とかしなくちゃだわ!
「そう言えば先ほど、警部補殿が姿がぼやけて奴が良く見えなかったと仰ってましたけれど……どういう事かしら?」
普通に見えてましたわ、力を持った私や諏訪さんだけでなく、他の三人も。
「お嬢様、私が見たところあの化け物は、人の視認能力を阻害する、そんな能力を持っている様で御座いました。ですが、その能力には結構ムラが有る様でしたので、お嬢様や諏訪様には普通に見えたの御座いましょう。それも、そこに何か居る、とそう強く意識すれば何方でも、恐らく普通に認識できる程度のモノではないかと」
成るほど、さっきは書庫の扉や椅子が飛び出してきたから、上村さん達にも何か居ると認識できて普通に見れたのね。
「私もまだまだですわね、爺に聞くまで気付きませんでしたわ」
「お嬢様は僅かに経験が不足しておられるだけ、直ぐに道馬様を超える存在に成られるかと存じます」
蘆屋道馬……帝都の魔人と恐れられたお爺様を超えるなんて、そんな物騒な事、考えたくも有りませんわ。
「ところで栗林殿、奴はどの方向へ向かったか御存じか?」
「ええ中尉殿、其方の塀を飛び越えて行ってしまいました、私にはそこまでしか……」
「いえ、有難うございました」
「ですが……お嬢様の使い魔が後を追っていきましたので、向かった正確な方向はお嬢様がお詳しいかと」
ウルタールの魔力の感じる方向は……。
「ええ、公使はこのまま西へ向かわれましたわ、恐らく新宿御苑か明治神宮の方かしら」
「明治神宮ですか……、あんな化け物……こりゃ失敬、公使閣下に明治神宮を荒らされては一大事ですな」
「ええ、ですけど上村さん、反対方向じゃ無くって幸いでしたわ、だって東にある半蔵濠の向こうは……」
「こ、皇居ですか……それはまた……ぞっとしませんな……」
「それに街中で暴れられるより、むしろ新宿御苑か明治神宮に追い詰めた方が、制圧し易いかも知れないわ」
諏訪さんが抜き放っていた軍刀を鞘に戻す。
「それで皆さま、此れからどう致しましょう?追います?」
「お嬢様、先ほどあの化け物と少し手合わせ致しましたが、失礼ながら今のお嬢様の装備では、いささか心もとないかと存じます」
そうよね、やはりここは一旦、装備を整えて掛かった方が良いわね。
「小町ちゃん、上村課長、二等書記官殿、小官と伍長はこれより一旦司令部に戻り、部隊を編成してあれを追うわ」
諏訪さんも一旦戦力を整えてかかると云う事ね。
「待て、奴を追うなら警視庁と共同だ。川上生きてるか!」
「はい、警部補!」
「よし、本部に連絡して警視庁も体制を整えるぞ」
「はい!」
「それと土屋、貴様の班は車で先行して明治神宮へ向かえ、初詣の参拝客を全員退避させろ。急げ!」
「はい、承知しました!」
「では小町ちゃん、私とストーカーさんは大使閣下と話を付けてきます。いくらあのような姿に成り果てたとは言え、公使閣下を捕縛、ないしは場合によっては武力で制圧となれば、外交的に話を通しておかなくてはなりませんので」
「承知いたしましたわ、上村さん」
「あ、そうそう、忘れるところでした、これを」
そう言って何か魔法陣が書かれた布を手渡されましたわ。
「先ほど持ち去られた木像に巻かれていた物の様ですけれど、幸いこの布は書庫の前に落ちていましたので、さっき拾っておいたのですよ。何かお分かりに成りますか?」
何かしら?
全く魔力を感じない只の布だわ。
これにどんな意味が有るのかしら?
「いいえ、魔法陣は書かれていますけれど、只の布にしか見えませんわ」
「そうですか……」
「ですが、無意味にあの木像に巻かれていたとも思いませんの、もし宜しければ私がお預かりしても構いませんかしら?」
「ええ、是非」
「それでは、大使閣下との話が付き次第、私も向かいますので、どうかお気を付けて」
「ええ、上村さんも無理をなさらないで下さいましね」




