大使館の悪魔?
「そうすると、倉庫街の殺人事件は公使閣下が?」
「いいえ諏訪さん、此れだけでは、未だそうと確定したわけでは御座いませんわ。カフスの付いた袖を、誰かが盗んで置いたのかもしれませんし、少なくとも、公使閣下はそう証言なさると思いますわ」
多分、限りなく黒に近い灰色でしょうけれど……。
「しかし……仮に公使閣下が犯人だった場合、最悪我々の捜査は……」
もし、今までの仮定に、仮定を重ねて、山口さんの殺害に公使が関与したと考えるとする。
そうすると、山口さんの傷はローレンスさんの物と一致と云う事で、こちらにも公使が関わっていることに成る。
そして、諏訪さんにとって最悪なのは、ローレンスさんが調査していたと思われる前大使の降霊会が、今巷で起こている行方不明事件と何か関連が有った場合、その事件にも公使が関与していた可能性も出て来る。
そうなれば……。
「そうですな、公使閣下には不逮捕特権が有りますからな、我々が直接手出しは出来なくなりますな……残念ながら。大使閣下や英国の御助力が有れば、話は別でしょうが、それも恐らく……」
上村さんがストーカーさんに視線を向ける。
「仮にそうだとしてですが、わざわざ波風の立つ様な真実は……、まあ、お察しの通りですな……、ローレンス殺害事件以外はですがね」
「成るほど!」と上村さんが頷く。
「正直なところ、他の事件に関して我々は興味がありません、ですが、ローレンスの事件に関しては別です。仮に公使がローレンス殺害事件に何か関与していたとすれば、英国人が英国人を殺害した事件と成ります。何らかの裁きは受けることに成るでしょうし、公表はされないでしょうが、事件の背後関係の調査はされるでしょうな」
「詰まる所、全ての真実を暴く手立ては、未だ有ると言う事ですわね」
ドン!
突然、外から大きな音。
「何かしら?」
「こ、小町ちゃん、あれ!」
上村さんが、執務室の窓の向こう、裏庭の南東にある離れを指さす。
あれは、書庫の建物だわ……あら?木製のドアが吹き飛んでるわ。
「いったい何が……」
ストーカーさんもあ然と眺めている。
「小町ちゃん、あの建物は?」
「ええ、諏訪さん、あの建物は先ほど参事官殿が仰っていた書庫ですの」
「では、参事官殿の言っていた人影と、何か関係が有るかも知れないのでは?」
「ん?その人影とは何の話です?」
「ああ、そうです忘れていました、先ほど参事官殿にお会いして、深夜書庫の方で怪しい人影を見たとお聞きしまして、実はこのあとストーカーさんの許可を得てから書庫に向かうはずだったのですが……」
「成るほど、分かりました、その人影と何か関係有るかは分かりませんが、とにかく書庫の方にに向かいましょう」
ストーカーさんに促されて、全員執務室を出て書庫の建物の方へと向かう。
それにしても、いったい何事?
このタイミングで考えられるのは、リアクションのおかしかった公使の可能性が高いわね。
焦った公使が何かの証拠隠滅を図って書庫へ向い、そして何かが起こったと云う事かしら。
まあ、何が起こったかは、後でウルタールの記憶を確認すれば判る事ですけれど、もし証拠を隠滅とかされていたら厄介だわ。
ウルタールの記憶自体は証拠に成りませんもの。
裏庭に出て、書庫の前に辿り着いた。
書庫の木製の扉が10メートルほど飛ばされている。
どんな力で飛ばされたのかしら?
何かが爆発したとか?火事に成らなければ良いのだけれど……。
ん?
火事……。
不味いわ!
あの中にはトゥーアサ・ジェー・ザナンの本が、ティル・ナ・ノーグの林檎の種が有りますのに!
何を置いてもあの本だけは、救出して見せますわ!
急いで建物の入り口へ向かおうとした時、不意に曹長さんに肩を掴まれる。
その瞬間、ガシャンと窓を突き破って、凄い勢いで飛んで来た木製の椅子が、顔をかすめる。
し、死ぬかと思ったわ……。
椅子の方は、大使館の壁に当たり砕け散ってる。
「特務少尉、今中に入るのは危険です」
中からは、バキッとかガシャンとかバリバリとか、何かを破壊する音が聞こえる。
何者かが暴れているのかしら……と言うか、こんな人外の力でドアや椅子を吹き飛ばすなんて、その何者かに付いては、大体の想像は付きますけれど。
確かに、この状況で、無暗に突撃するのは危険だわね。
冷静に成らなくてはいけ無いわ……自重しなくては。
「有難う曹長さん、命拾いしましたわ」
「このままでは危なくて中に入れませんな、どうします諏訪中尉?、ストーカーさん?」
「二等書記官殿、場合によっては銃を使うことに成るが、宜しいか?」
「弱りましたな、私の判断ではどうも……私にできるのは精々、そうですな……何も見なかった振りぐらいしか」
相変わらず、良い性格していますわ。
「感謝する、それと伍長、この事を大使館の警備や先ほどの警部補殿に!」
「ハッ!」
「そういえば、上村さんと曹長さんは、銃とか持っていますの?」
「ええ、一応護身用に持ってはいますが……私は撃たない方が、皆さんの御迷惑にならないかと」
まあ、上村さんはこういう事は苦手そうですものね。
「小官も携帯しております」
曹長さんは当然ですわね、武闘派ですもの。
昨日の今日でまたバトル……、ホント嫌ですわ荒事は苦手ですのに。
暫くして、戸口から現れたそれは、手には鋭い鍵爪が有り、その滑っとした足の指と指の間に水かきの様な幕が、そして……頭部には公使の顔が赤い目を光らせていた。
昨日から調査をして、ステラちゃんの話を聴き、まあ一応、想像していた通りの姿ね。
さすがに公使の顔がそのまま乗っているとは、思っていませんでしたけれど……。
次回は公使とのバトル前哨戦と成ります。
補足情報:
〇当時の銃規制
一応当時も、拳銃などは許可制で規制は有ったみたいですが、許可申請を出せば基本的に許可は下りていたそうです。
因みに、陸軍の軍人と郵便配達人は、許可が要らなかったとか。




