紋章の所有者
大使館の玄関ホールで二人の人物が待ち構えていた。
公使と参事官だわ。
そういえば、今回の事件で参事官さんはどういう役割なのかしら、それとも関係ないのかしら、今のところ分かっていないわ。
今の時点では、公使のアヘン仲間と言ったところかしら?
一度、ウルタールを付けた方が良いかも知れないわね。
「おや、皆さんどうなされたのですかな?」
参事官が、歩み寄ってくる。
その後から公使も。
昨日、公使はあれ程煙たがってたのに、様子を探ろうと云う事ね。
面白いわ、でしたら此方も逆に、観察させてもらいますわ。
「これは公使閣下と参事官殿、お邪魔しています」
いつも通り上村さんが、人当たりよく挨拶をする。
「実は昨夜、倉庫街で惨殺死体が発見されたのですが、その御遺体に有った傷がどうも、ローレンスさんの御遺体に有った物と似ていましてね。それで、その倉庫街の方で見つかった証拠品に、気になるものが御座いまして、一度大使館の皆様に御確認して頂こうと」
「ほう、それは興味深いですな、拝見させて頂いても?」
「ええ、勿論です」
参事官さんは、結構積極的だわ。
上村さんが、カフスボタンの付いた袖の切れ端を見せる。
「此方のカフスボタンなのですが、なにやら紋章をかたどっている様に伺えるのですが、何か心当たりは?」
あからさまに成らない様に、視界の端で観察していた公使の表情が一瞬歪む。
ふふ♪やっぱり心当たりがお有りの様ね。
「ふむ、確かに紋章に見えますな」
「それで、この紋章に見覚えは?」
「いいえ、公使は如何です、見覚え御座いませんかな?」
ん?
一瞬、参事官さんの口元が歪みましたわ、これは……恐らく、公使に心当たりが有ることに、心当たりが有りますのね。
ふふふ♪何か興味深い人間関係が、お有りなのかしら?
「フン、しらん」
公使もムッとされてるわ。
少しカマをかけてみようかしら。
「公使閣下、参事官殿、もし宜しければ、お二方のカフスボタンを拝見させて頂きたいのですけれど……失礼では有りませんかしら?」
「ええ、勿論構いませんよ」
参事官さんは、あっさり見せてくれたわ。
勿論、証拠品とは違うデザインね。
「まったく、失礼だな、お嬢さんは!これで良いか!」
公使も案外あっさり見せてくれる。
勿論、公使も証拠品とは違うデザイン……まあ、当然よね。
もし、証拠品のカフスボタンが公使のものだとして、事件当夜亡くした物なら、誰に拾われているか分からないもの、用心して同じ物は身に着けないわ。
でも、結構ムッとされてる。
何かの拍子に墓穴を掘ってくれませんかしら、そうすれば楽なのですけれど。
「昨夜と言えば、妙な人影を見ましたな」
参事官さんが、唐突に話し出したわ。
「人影ですの?どちらで?」
「深夜、執務が終わって、偶々執務室の窓から裏庭を見ますと、書庫の建物の方に人影が見えましてね。普段使わない書物や書類ばかりの書庫に、深夜に人影と言うのも不思議に思ったのですが……ローレンス君の件も有りましたので、怖くて確かめには行けず気に成っていて、ですから私も丁度、皆さんが着ましたら相談しようと思っていたのですよ」
ん?凄い殺気!
公使ね。
一瞬だけど、凄まじい殺意を放ったわ。
直ぐに収まりましたけれど、参事官さんを睨むように見てる。
それに、殺気に気付いたのは私だけでは無いみたいね、曹長さんも眉間にしわを寄せて、公使を見てるわ。
書庫に何か有るのかしら?
「私は公務が有るので、これで失礼する」
そう言って、公使が立ち去ろうとする。
「あ、そう言えば、確かジョナサン君の母方の従兄が、紋章官をされてるとか、その紋章に付いて何か知ってるかも知れませんよ」
また、殺気の籠った視線で参事官さんを一睨みし、公使は立ち去る。
恐らく、参事官さんの話はどれも、ピンポイントで公使の急所を抉る様な物なのでは無いかしら。
それにしても、参事官さんがどんな事を知っていて、何を意図しての事なのでしょう……油断ならないわね。
怪しい人だわ。
彼が何を企んでるかは分からないけれど……、今はこの話に乗らない手は御座いませんわ。
「成るほど、そういう事でしたら一度、ストーカーさんの執務室に向かいましょう、昨日の話ですと彼が書庫の管理をされてると云う事ですから、其方の許可もお願い出来ますので」
上村さんはそう促しますけど……公使の後も追いたいのよね。
どうしましょう。
まあ、無理に後を付いて行っても不自然ですし、そうね、こういう事はウルタールに任せましょう。
不自然に成らない様に腕を後ろに回し、着物の袖から魔法陣の書かれた10円札を取り出して、後ろ手のまま魔力を通す。
音もなく降り立ったウルタールは素早く物陰に隠れる。
多分、気付いたのは諏訪さんと曹長さんだけね。
「そうですわね、先ずはストーカーさんにお尋ねしましょう」
上村さんがストーカーさんの執務室のドアをコンコンとノックし、「どうぞ」と通される。
「何か御用かな、どうされました?」
上村さんが一通りの経緯を説明する。
「成るほど、確かに紋章官の従兄は居りますが、幾つか興味深い紋章の話を聞いた程度で、お役に立てるかどうか」
「一応確認だけでも、お願いします」
「分かりました、どれどれ」
執務用の机に置かれた証拠品をまじまじと眺めると、ストーカーさんの眉間に皺が寄る。
「何か気付かれましたかな?」
「そうですな……従兄との会話に出てきた紋章では有りませんな」
「それは……仕方有りませんな」
「いえ、ですが、これはよく見知った紋章でして」
「何と!」
そう言いながら、机をガサゴソあさり、ある封書を取り出してきた。
「此方の封書の中に何か?」
「いいえ、上村さん、この中身は本国へ送る公文書ですので、お見せできるものでは有りませんし、今のお話しとは関係無いものですよ」
「そうでは無く、此方を」
そう言って、封書を閉じている赤い封蝋を指さした。
「こ、これは!」
この封蝋には、例のカフスボタンと同じ紋章が刻み込まれているわ。
「ストーカーさんこれはいったい……?」
「この紋章はグラハム男爵家が使っているものですよ」
「グラハム男爵ですの?」
「ええ、今現在、グラハム男爵の爵位を継承なさっている人物の名は、トマス・バイロンという方で、公使の父に当たる方です」
「では、公使閣下の父上が事件に?」
上村さんが神妙な面持ちでストーカーさんに尋ねる。
「さあ、それは分かりませんが、御高齢で肺を病まれてるとかで、確か静養中とお聞きしています」
「ですが、英国の法律では、紋章の所有者が存命中でも嫡出子全員が使用することが出来るのです、紋章院の許可も必要は有りません」
「では、まさか」
ストーカーさんが封書の送り主を指さすと、そこには……。
─ ラザフォード・バイロン ─
公使の名ですわ。
補足情報:
〇紋章相続に付いて
英国の法律では前世代の終わりを待つ必要はなく、嫡出子全員によって受け継がれるそうです。
なので、生まれてすぐ紋章を継承するとかもあるみたい。
ただ、女性の親族は男兄弟に嫡子が居ない場合を除いて、その子供たちに継承させることは出来ないと云う話です。




