同じ傷跡と証拠物件
諏訪さんに連れられて、布が被せられた遺体の前まで行く。
「小町ちゃん、遺体の損傷が激しいけど大丈夫かしら?」
諏訪さんが気を使って声を掛けてくれる。
一応、ハンカチを取り出し、鼻と口を押える。
「ええ、問題ありませんわ」
「伍長、上半身だけめくって頂戴」
ん?何で上半身だけなのかしら?
布がめくられ、裸の男性の上半身が現れた。
何故に裸?
「諏訪さん、まさかとは思いますけれど、全裸ですの?」
「いや、一応下は下着は付けているけど……まあ、あまりこう言うの女学生に見せるのは、憚られるのよ。見たくないでしょ?」
「ええ、御遠慮申し上げますわ」
雪の積もったこの寒空に裸なのは、一旦置いときましょう。
遺体を見ると、致命傷に成った傷は一目瞭然ね。
頭部が半分、大きな爪の様な物で抉り取られてる。
確かに似ているわ。
でも、このお腹の傷は何かしら?
お腹から胸にかけて大きな穴が開いているわ。
「確かにこの頭の傷はローレンスさんの傷と瓜二つですな」
上村さんも同意見の様ね。
それでは、もう一つ肝心な事を確認しないといけないわね。
両目に魔力を集中する。
やっぱり!
黒くくすんだ紫色の残留魔力だわ。
「上村さん、やはりローレンスさんの傷と同じ様に残留魔力が残っていますわ。時間が経っているせいか、少し薄いですけれど」
「一応念の為、私も確認しておきたいので、もし宜しければ、昨日と同じ様に魔力を見える様にして頂けませんか?」
「ええ、宜しいですわ」
上村さんの背中に手を当て、魔力を流す。
「成るほど、確かにローレンスさんと同じですな、この魔力の色合いも」
ただ、少し気に成るのはやはり、お腹の傷ね……頭に致命傷を与えたのなら、殺害する分には十分でしょうし……。
仮に先に腹部にこれだけのダメージを負わせたとすれば、それも十分な致命傷だわ、わざわざ頭部を破壊する必要は無いわ。
「しかし……このお腹の傷は何なのでしょう?」
やっぱり、上村さんも気に成るのね。
「隊の者が先ほど調べたところ、どうも、心臓と肝臓が抜き取られているらしいのよ」
「心臓と肝臓?何でまた?」
「理由は分からないわ、でも、持ち去られたのは確かよ」
ん?
持ち去られた……体の一部が……。
これって……ローレンスさんも腕を持ち去られていましたわ!
そう考えると、これも共通点ね。
でも、体の一部を持ち去る事に何の意味が?
考えられる可能性は……。
「……そうね、その理由として考えられるのは三つですわね」
「その三つとは?」
「一つ目は、何か魔道具の作成とか、魔術や宗教の儀式での使用ですわ」
「そういう人体を使った魔術て、有るもんなんですか?」
「ええ、有るには有りますわ。例えば、栄光の手と言う、絞首刑にされた罪人の右手を、燭台に加工した魔道具とかありますわ」
「そいえばローレンスさんの右腕が、持ち去られていましたね!」
「上村さん、あくまで例えですわ。栄光の手は泥棒が盗みに入る前に、家の住人を眠らせる為に使ったりするものよ」
「そんなものを作る為に、わざわざ大使館の敷地で殺人を犯すなんて本末転倒ですわ」
「それと、宗教儀式で言えば、嘗て滅んだアステカ文明では、生きた生贄の心臓を取り出して神に捧げたと云う話もありますわ」
「成るほど、宗教団体が絡んでくる可能性もあるとなると、我々が追っている行方不明事件とも、繋がって来るかも知れないと云う事ね、小町ちゃん」
「ええ、諏訪さん、その可能性も有りますわ」
「次に二つ目の可能性は、お金目的ね」
「は?」
と、みんな驚く。
まあ、当然よね。
「意外と人体て、高く売れますの」
「それは、さっき言った魔術師や宗教団体に売ると云う事かしら?」
「ええ、それも有りますけれど、案外お薬に成ったりしますのよ、効くかどうかは分かりませんけれど」
「ええ、小官も大陸で漢方薬として売られているのを、見たことが有ります」
まさか曹長さん飲んだりはしてないわよね……。
「うぇ、こりゃ失敬!、あまりそんな薬は飲みたくありませんな」
「同感です」
飲んでない様ね。
「因みに日本でも、明治の初めの頃までは、死罪に成った罪人の肝を使った薬が売られていたらしいですわ」
「ですが、この可能性は低いですわね。先ほどの話と同じですけれど、それで得られる程度のお金儲けの為に、わざわざ大使館で人を襲うというのも割に合いませんわ」
「成るほど、確かにそうですな、それでは、三つめは?」
「三つ目は、一番単純な理由ですわね。つまり、食べる為ですわ」
「なっ、なんと!確かに、その可能性は有りますな、何しろ、得体の分からない怪物ですからな、その可能性も……。しかし何故、心臓と肝臓だけ?」
「小官は以前、遊牧民から狼は先ず、心臓や肝臓や肺など、内臓から食べると聞いたことが有ります」
「それでは、ローレンスさんの時は右腕だったのは何故?」
「それは、ステラちゃんが見た大きな犬に邪魔されて、やむなく腕で我慢したのかも知れませんわ」
「成るほど……」
「あ、そうだ、もう一つ見て貰いたい物があったのよ、伍長証拠品を」
「ハッ!」
伍長さんが持ってきたのは、恐らくシャツの袖の切れ端かしら?カフスボタンが付いているわ。
「これは、もしかしてローレンスさんの持ち去られた右腕の物のでは?」
上村さんが、まじまじと証拠品を見る。
「いえ、それは無いと思いますわ、だって、二つ有りますもの、多分左右両腕のものでは有りませんの」
「あ、確かに、諏訪中尉こちらの証拠品は何処で?」
「遺体のすぐ傍に落ちていました」
遺体のすぐ傍だなんて、何かあからさまね。
「あれ?このカフスボタン随分特徴的ですね」
上村さんに言われて気付いたけれど、確かにそうね。
何か紋章の様にみえるわ。
「これは、紋章かしら?」
「ええ、私もそう思います」
「紋章て何かしら?」
「西洋のまあ、いわゆる家紋みたいなやつですよ」
諏訪さんの質問に、上村さんが簡単に説明する。
「そうすると、英国大使館の誰かの持ち物の可能性も有りますわね」
「一度大使館の方に、このカフスボタンを見て貰った方が、良さそうですな。諏訪中尉、此方の証拠物件を暫しお預かりしても、宜しいですかな?」
「ええ、それは構いませんが、大使館の方に行かれるのでしたら、小官も同行させ貰いたい。先ほどの話ですと、我々が調査中の行方不明事件と、何らかの関連が有る可能性も有りますので」
「ええ、それは勿論構いませんけれど、軍服の人間が大勢で乗り込むのは、いささか問題が有りますので、少人数でお願いします」
「承知しました、私と伍長の二人と言う事で如何でしょう?」
「ええ、それなら、ですが、あくまで捜査ではなく、話をお伺いすると言うスタンスで、お願いします」
「了解しました」
うーん、大人の世界は気を使うことが色々有るのね……。
補足情報:
〇罪人の肝を使った薬※ちょっと気持ち悪い話です。
江戸時代から明治にかけて山田浅右衛門という、まあ所謂罪人の首切りを生業とする人が居て、切った罪人の肝臓や脳や胆嚢や胆汁等を原料に丸薬を作って販売していたそうです。
しかも、身分は浪人でありながら、大名並みの収入に成ったとか。
因みに、山田浅右衛門という名前は世襲制で、山田家の当主が名乗っていた名前だそうです。
なかなか興味深い人物なので、興味のある方はググってみて下さい。




