ティル・ナ・ノーグの林檎
始業式も終え、忍ちゃんとは梨咲ちゃんのお家で会う約束をして、爺の運転する蘆屋家の車で帰宅。
相変わらず、窓の無い車は寒いですわ……。
程無く、黒々とした本小松石に覆われた蘆屋邸が見えてくる。
正門をくぐり、車止めに爺が停車させると、大きな人影が慌てた様子で此方に駆け寄ってくる。
イシャイニシュスさんですわ。
如何されたのかしら?
イシャイニシュスさんは、車に駆け寄ると、元々窓のハマっていない後部座席の窓枠に手を掛け、乗り出す様にお顔を近付けて来る……お顔が大きいですわ……。
何か有ったのかしら。
「御慌てに成って、如何されましたの、イシャイニシュスさん?」
「小町!」
爺がギロリとイシャイニシュスさんを睨みつける。
「小町……お嬢様」
シャイニシュスさんが言い直すと、爺が納得したように頷く。
「そんな事より、大変だ!リンゴの木が!」
リンゴの木?
えっ!
「それって、まさか!?」
「ああ、今朝植えたあのリンゴの木だ!」
ティル・ナ・ノーグのリンゴの木に何か有ったと言う事ですの!
「それは一大事ですわ!!」
慌てて車を飛び出すと、裏庭の方に走り出す。
「お嬢様、はしたのう御座いますぞ!」
背後から爺がたしなめる声が聞こえてきますけれど、気にしている場合では御座いませんわ。
一大事ですの!
それにしても、一体何が?
イシャイニシュスさんの言葉も、奇妙と言えば奇妙ですわね。
リンゴの木と仰ったわ。
リンゴの種では無く……。
まあ、意図してと言う事では無いのでしょうけれど。
ともかく、詳しくお話を尋ねるよりは、花壇に見に行った方が早いですわ。
お屋敷の角を曲がって裏庭へ、そしてお母様のバラ園を抜けて、私の花壇が見えてくる。
遠目にも、その異変が分るほどですわ……でも、これは……一体、如何言う事ですの……。
「林檎の木ですわ……」
それも、立派に育って、無数のリンゴがたわわに実って……。
「ティル・ナ・ノーグのリンゴ……ですわ♪♪なんて素晴らしいのでしょう♪なんて奇跡なのかしら♪」
植えてから一夜どころか、半日も経っていませんわ。
まさか、数時間でリンゴが実るほどに成長するなんて考えても居ませんでしたわ♪
「コッホン!お嬢様、はしたのう御座います」
背後から再び、爺のたしなめる声。
あら、いけませんわ。
つい浮かれてしまって、踊り出していましたわ……。
お嬢様モードを保ちませんと。
再びお嬢様に戻って、清楚にお淑やかに。
でも、心の中では、猫達が私の代わりに円舞曲を踊っていますわ。
それにしても、これはホントにどう言う事なのかしら?
あの魔法陣の力?
それとも、ティル・ナ・ノーグのリンゴの木は、元々瞬時に成長して実が実るものなのかしら?
花壇に入ってリンゴの木を見上げる。
三メートル以上は有りそうね。
リンゴは上の方の枝から、下の手に届く枝までぎっしりと実っているわ。
赤々として、大きい実を一つもぎる。
ずっしりとしていますわね。
五百グラムぐらいは在るかしら。
艶のある深紅の実……もう、我慢できませんわ♪
軽く表面を拭って、一口齧る。
シャリ!
甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。
そして、今まで嗅いだごとの無い、華やかなリンゴの香り。
めちゃくちゃ美味しいですわ♪
「コッホン!お嬢様、はしたのう御座います」
またも、爺のたしなめる声。
爺には分からないのですわ。
踊りだしたい程の私の喜びが♪
寧ろ、踊りださずに我慢している私を褒めて欲しい程ですわ♪
シャリと、一口齧る度に幸せが、お口の中に広がりますわ♪
幸せに浸っている私の傍に、イシャイニシュスさんが歩み寄ってくる。
「イシャイニシュスさん、早速知らせて下さって、とっても感謝致しますわ」
「礼には及ばない。俺が知らせなくても直ぐに気付く事だ。だが、もう一つ知らせねばならない事が有る」
「もう一つ……ですの?」
「ああ、その木の後ろだ」
リンゴの木の後ろに何か有るのかしら?
再び、リンゴの木に視線を移す。
この位置からでは、特に変わった所は有りませんわね。
裏と仰いましたから、向こうに回れば何か……ん?
幹の裏から、鳥の羽の様なモノが何枚か覗いていますわ。
あれは、何かしら?




