11、助けてくれた恩人
馬車から降りてきたのは金髪を後ろでゆるくリボン結びにした男性。
金糸で縁取った高そうなジャケットに、裾に刺繍のあるキュロットと長いブーツ。
そして指にはウェッジウッドブルーの指輪が光っていた。
「あれは……桐島くん……」
桐島くんは私と同級生のサッカー部イケメン。
そして直子の最初の彼氏で、私の初恋の人。
だがこの世界では。
ロリポップの商品を納めにきた時にアルフォード様の隣にいた青年。
エミリアの話から推測すると、それはアルフォード家の長男ロイだった。
「ロイ様がどうしてここに……」
屋敷の中からステラ夫人が出てきて馬車の前で話している。
家の中までは入らないようだ。
なにか伝言でもあって、少しだけ立ち話をしているらしい。
「もしかして私達を助けてステラ夫人に預けてくれた恩人はロイ様なの?」
その推測はとても理にかなっている。
アルフォード家の長男ロイ様ならスチュアート公爵夫人は叔母になる。
そして彼の依頼ならばステラ夫人も快く引き受けるだろう。
でもなんで?
会ったのは飴のケースを納品に来た一回きりだ。
しかもその絵師を捕まえようと店にまで来たんじゃなかったの?
店に来たのはロイ様じゃなかったんだろうか?
それとも捕まえにきたんじゃなくて保護するために来たとか?
それこそどうして?
飴のケースの絵は気に入ったと言ってたけど。
それだけで私を追いかけ、保護してこの屋敷の養子にまでしてくれる?
到底考えられない。
なにより腑に落ちないのは。
(桐島くんって他人のために、そんな面倒なことをする人だっけ?)
初恋の人だから、あまり悪くは思いたくないけれど……。
偶然かもしれないけど、桐島くんと関わって良かった思い出なんてない。
いつも親切で、優しい言葉をかけてくれたけれど、それが逆に引き金になって意地悪をされたことが何度もあった。
「僕が余計なことをしなければ良かったね」
いつも後でそう言って謝ってくれたけれど、本当に余計なことばかりしてくれた。
「早乙女さんが君に上靴を隠されたって泣いてたよ。君がそんなひどい人とは思わなかったよ。軽蔑する」
桐島くんがそう非難したのは、クラスでも一番権力のある桐島くんに片思いの女子だった。
彼女は「私、そんなことしてないわ!」と叫んだ。
桐島くんは「え、でも早乙女さんが……」と言って私を見た。
私はもちろんブルブルと首を振った。
その前日、確かに私の上靴はなくなっていて、ゴミ箱に捨てられていた。
誰がやったかなんて分からない。
でもたまたまそれを目撃した桐島くんが勝手に彼女の仕業に違いないと言ったのだ。
私は肯定も否定もできずに「大丈夫だから」と答えた。
そのやりとりが、次の日には私が言ったことになっていた。
私を守ろうとしてくれたのかもしれないけれど、勝手な憶測で彼女を犯人扱いしたと言われ、前よりも立場が悪くなって、ひどいイジメを受けた。
そんなことが何度もあった。
最初こそ見た目だけで憧れて片思いしていたけれど、桐島くんを知るたびになんだか恐ろしくなって、なるべく関わり合いにならないようにしていた。
他にも何かあったな。
いろいろありすぎて忘れたいことばかりだった。
だからか、よく思い出せない。
彼がここに連れてきたのなら、なにか良くないことが起こりそうな気がする。
貴族になれるなんて喜んでたら酷い目に遭わされそうだ。
気を引き締めて窓辺で彼を見下ろしていると、立ち話が終わったのか馬車に戻っていくところだった。
私は立ち去るらしい彼にホッと胸を撫で下ろした。
しかし。
ふいに彼は顔を上げて、真っ直ぐこちらを見上げた。
「!!!」
私は慌ててカーテンの陰に隠れた。
でもほんの一瞬だけど。
目が合った。
そして彼の口元がにやりと微笑んだのが、遠く離れているのにはっきりと分かった。
次話タイトルは「ステラ夫人の隠し事」です




