2、変わり果てたネロ
「ああ。怪我をしていた男の子ね」
メイドは思い出したように頷いた。
「どこですか? ネロは無事なんですか?」
私はすがるようにメイドの女性に尋ねた。
「彼ならとっくに起きて汚れた体を綺麗に洗って、今は怪我の手当てをしてもらってるわ」
じゃあ……。
「生きてたのね! ネロもちゃんと生きてるのね!」
私は大喜びで部屋を飛び出そうとした。
「ちょっとお待ちなさい!」
しかしメイドに首根っこを捕まれて戻された。
「その汚れた衣装で屋敷の中をうろうろしないでちょうだい。先に服を脱いで洗い場に行ってもらうわ。来なさい!」
ぐいぐいと腕を引っ張られて階下に連れていかれた。
途中、廊下を通って階段を降りたが、どこも重厚な造りで、ヨハンのボロ家とは比べ物にならない。ケンの店のロリポップとも違う。もっと廊下が広くて毛足の長い絨毯が敷かれていて、私の思いつく中では、アルフォード邸が一番近い感じだ。
あそこまで豪華ではないけれど。
でも、これは間違いなく貴族の家だ。
どういうことだろう。
罪人として捕まって……というわけでもなさそうだ。
メイドの扱いはひどいけど、罪人ほどのひどさではない。
「今日はここで洗ってもらうわ。そんな泥だらけの体をご主人様と同じ湯部屋に入れるわけにはいかないから」
そこは井戸のような小さな湯溜まりがある石畳の部屋だった。
流したお湯が排水できるようになっていて、どうも使用人の風呂場らしかった。
そこにピンクのメイド服の若い女の子が二人待っていた。
「さあ、この子をきれいに洗ってやってちょうだい。服はさっき渡しておいたわね。それに着替えさせてから、ご主人様の部屋に連れて来るのよ」
「はい。シモンヌ様」
ピンクのメイド二人は声をそろえて応じた。
どうやら紺服の女性はメイドの中でも偉いらしく、シモンヌという名前のようだ。
「え? ちょっと、待って下さい。あの……」
私の質問を無視してシモンヌは立ち去り、ピンクのメイドは無言のまま私の服を脱がせたと思うと、柄のついたブラシのようなものを持って、飼育員が象を洗うかのようにゴシゴシと洗い始めた。
「ちょ、ちょっと、あの……」
肌が痛むじゃないのと思ったが、思ったよりも柔らかい毛のブラシで、さらに石鹸の香りがいい。
この異世界で初めてまともな石鹸に出会った。
泡に埋もれたと思ったら、一人が水差しに湯を汲んでザバッと流された。
次々湯を汲んで、ザバザバと流される。
話をする余裕もないままに、大きなタオルで拭かれて、なんだなんだと思ってる間に新しい衣装に着替えさせられていた。
その衣装とは。
「こ、これは……」
どピンク。
びっくりするほど、どピンク。
ついでに髪までツインテールにしてピンクのリボンで結ばれた。
いや、子供らしいっちゃあ子供らしいけども。
中身二十歳の私は気恥ずかしくて落ち着かない。
真っ白のタイツにピンクの布靴。
さらに腰には特大のピンクのリボンを結ばれた。
これは前世のブス女の私が着ていたら、見た人すべてが吐き気をもよおし、怒り狂った市民の暴動が起きかねないほどのメルヘンドレスだ。
こんな衣装を私に着せようなんて、どんなド変態に助けられたのかと不安がつのる。
「ネロは大丈夫かしら」
ネロまでピンクにされてるんじゃないかと心配になった。
ネロもとても美しい少年だ。
変な気を起こす男色貴族がいてもおかしくない。
「こちらです、お嬢様」
ピンクのメイドは不安になる私を連れて、どんどん階段を上っていく。
三階分ぐらい上っただろうか。
ようやく廊下を進み、大きなドアの前で立ち止まった。
「どうぞ。ご主人様がお待ちです」
ドアを開き、真っ先に私の目に飛び込んだのは。
「ネロッ!!」
そこには見違えるほど美しい美少年に変身したネロがいた。
次話タイトルは「ご主人様はあの人」です




