49、まさか
ネロとセリーヌはようやく目的の教会に辿り着いた。
だがネロは不安な顔で教会を見上げていた。
「セリーヌお姉ちゃん、本当にここがミリセント教会なの?」
「そうよ。ここがミリセント教会よ」
街外れにある小さな小さな教会は、ボロボロで廃墟のような建物だった。
ドアは壊れ、窓ガラスは割れて、中の礼拝堂も獣が暴れたように荒れていた。
砂埃をかぶって、ずいぶん長く使われてないようだ。
「本当にここに住んでる人がいるの?」
幼いネロでも怪しむほど、隣接する住居にも人が住んでいる気配はなかった。
「おかしいわね。こんなはずはないのだけど……」
セリーヌも首を傾げた。
「しばらく叔父さんに会ってなかったから、どこかに引っ越したのかしら」
中に入ってみると、あちこちにくもの巣が張っていて、使えそうな家具は盗まれたのか割れたベンチだけがいくつか転がっていた。
唯一教会らしいのは、正面のひびの入ったステンドグラスの窓と、片腕の欠けた彫像だけだ。
「ちょっと叔父さんを探してくるわ。ネロはここで待っていて」
「うん、分かった」
セリーヌが出て行くと、ネロは急に不安になった。
「お姉ちゃん大丈夫かなあ。無事にここまで来れるかな。僕、ちゃんと銀のケースをここまで運んだよ。だからお姉ちゃんも絶対ここに来てね」
幼いネロにとって、重い銀のケースを持ち運ぶのは大変だった。
セリーヌが気遣って何度も持ってあげようと言ってくれたが断り続けた。
これだけは絶対自分が守る。
だってこれはレイラの命なのだ。
そしてこれさえあれば、きっとアルフォード領を離れても、どこに行ってもレイラはやっていける。
幼い姉弟の命綱なのだ。
「どうか神様、お姉ちゃんをお守り下さい」
ネロは銀のケースを胸に抱えたまま、片腕の欠けた彫像に向かって祈りを捧げた。
その時、カサリと背後で物音がした。
「お姉ちゃん?!」
ネロは期待を込めて振り返った。
しかし……。
そこにいたのは……。
「セリーヌ……お姉ちゃん……」
なぜかセリーヌは長い木片を高く掲げていた。
その顔はレイラのしたメイクが取れかかっているのか、暗く歪んで見える。
まるで悪い魔法使いが本性を現したように……。
「どうして……」
ネロが言うよりも早く、セリーヌが木片を振りかぶりネロの頭を殴りつけた。
ガッッッ!!
鈍い衝撃音がネロの頭に響く。
ぐらりと体が崩れた。
「……なん……で……」
呟く声と一緒に地面に崩れ落ちる。
後には冷ややかな沈黙が続いた。
やがて起き上がってこないネロを確かめると、セリーヌは手にした木片をカランと地面に放り、その首からネックレスになった鍵を抜き取った。
そして倒れても胸に抱えていた銀のケースをネロから引き剥がす。
「ごめんね、ネロ。私にもこのケースが必要なの」
セリーヌは足元に転がるネロを見下ろし、呟いた。
「これさえあれば美人になれるの。私もレイラのように誰からも愛される人間になれるの」
ネロの頭は木片で切れたのか、血がドクドクと流れていた。
「レイラのおかげでもう一度人生をやり直す希望が持てたわ。こんなところで犯罪者を匿って一緒に捕まるわけにはいかないの。私こそが知らない街に行って、この魔法のケースで人生をやり直すのよ」
セリーヌは言い捨てて、ネロを置き去りにゆっくりと教会を出た。
「だってずるいじゃない。レイラばっかりちやほやされて、ケン坊ちゃんにプロポーズまでされて。それなのに弟のために断るってなによ! 私だったら何をおいてもケン坊ちゃんの気持ちに答えるのに」
ブツブツとひとり言をいいながら、すっかりフェイステープの剥がれたへの字の口を歪める。
「いい人ぶって誰からも好かれようなんてずるいのよ。美人だからって何でも思い通りになると思ったら大間違いよ。私があんたに現実を教えてあげる。調子にのっていい子ちゃんぶったらどういう目に遭うのか。思い知ればいいわ」
セリーヌは暗い顔で微笑んだ。
次話タイトルは「血まみれのネロ」です




