46、追っ手
「アルフォード様のご子息が? どうして?」
ケンは驚いた顔で聞き返した。
「分かりませんが、ずいぶん物々しい様子なんです。軍人のような男たちを大勢従えて、まるで大罪人でも捕えにきたかのようで……」
「大罪人……」
セリーヌが青ざめた。
「ま、まさか、私が飴のケースを盗んだことがアルフォード様の耳に?」
そんな、まさか。
飴のケース一個で、そこまでするはずが……。
なんだかとても嫌な予感がしてきたのだけど。
「いいえ。ご子息は、ブリキのケースの絵を描いた絵師を連れて来いとおっしゃってまして」
「絵師を?」
ケンは私に視線を向けた。
や、やっぱり?
やっぱり、あのこと?
「レイラ、何か心当たりはあるのか?」
「あると言えばあるような……」
ど、どうしよう。
もはやケンと婚約とか、ヨハンの家を出るとか、そんなレベルの話ではない。
もしかして、私はエミリアの言ってた大罪人?
門外不出の絵の具を盗んだ大罪人になってるの?
「レイラ、一体どういうことなんだ?」
「試作品のケースに描いたサインのことだと思うの」
「サイン?」
「その絵の具がアルフォード家の門外不出の絵の具と同じ色らしいの」
「なんだって?!!」
その場の全員が叫んだ。
「なんでそんな絵の具をレイラが持ってるんだ?」
「そ、それは……今は話しているヒマはないんだけど……、とにかく、そのことで捕えに来たんなら、たぶん死罪だと思うの……」
「まさか……」
どうしよう。
ここまでなの?
美少女生活は苦労も多かったけど、結構楽しんできたのに。
ネロを置いて、私は牢屋に行くしかないの?
こんな中途半端なままに……。
「逃げるんだ、レイラ」
沈黙の中、ケンが決心したように告げた。
「で、でも逃げたりしたらケンに迷惑が……」
「俺のことはいい。俺がごまかしてる間に、裏口から逃げるんだ」
「裏口……」
どうやら店と反対側にも出口があるらしい。
「どこか……目立たない空き家にでも身をかくしてるんだ。ほとぼりが冷めた頃に俺が迎えに行く。それから馬車でアルフォード領を離れるんだ」
「そんなことが……出来るかしら……。見つかったらあなたまで捕えられるわ」
「俺は大丈夫だ。レイラは自分のことだけ考えろ。どこか……隠れられそうな場所は……」
その時、今まで黙っていたセリーヌが声を上げた。
「私がいい場所を知ってるわ。街外れの古い教会なの。そこの牧師さんは私の叔父だから、私が頼んであげる。ミリセント教会というの」
「ミリセント教会か。聞いたことはある」
「とても古い教会だから、ボロっちいわりに有名なの。人に聞けばすぐに見つけられるわ」
「だが、お前はレイラを陥れるようなことばかりしてきたくせに、なんだって急に……」
ケンが怪しんだ。
「私はレイラに美人にしてもらって、心を入れ替えたの。助けてもらった恩人だと思ってるわ。今度は私がレイラを助けてあげたいの」
「セリーヌ……」
まさかセリーヌに助けられるとは思わなかった。
「よし! じゃあそこにしばらく隠れていろ」
「私が案内するわ」
セリーヌが告げて、私は急いでジュラルミンケースにメイク道具を収めた。
鍵を閉めて手に持つ。これだけは何があっても持っていく。
でも……。
ネロは……。
犯罪者として追われる私が連れていくわけにはいかない。
こんな私と一緒に行くぐらいなら、ヨハンの家にいた方がマシだ。
不安そうに見上げるネロの頬にそっと手を当てる。
僅かの間だったけど、愛すべき弟だった。
素直で真面目で、そして誰よりも優しい弟。
ネロの純真な心にブス女二十年の暗く荒んだ心がどれほど清く洗い流されたことか。
じわりと涙が溢れる。
「ごめんね、ネロ。あなたを幸せにしたいと思ってたのに……。私の力が足りないばかりに……結局何も出来なかったわね。ごめんね」
ネロを力一杯に抱き締め、ケンを見上げる。
「ケン、最後のお願い。ネロをお願い。ネロのことをどうかお願いします」
深く深く頭を下げた。
「レイラ……。分かった。任せろ」
ケンが頷き、私は覚悟を決めて立ち上がった。
そしてセリーヌと共に部屋の出口に向かう。
だが。
その私の背にネロが言った。
「僕も行く!」
次話タイトルは「ネロの選んだ道」です