45、行動するケン
「婚約……?」
セリーヌは呆然とした顔でケンと私を見つめた。
ひーっ。
ケン、なんで今ここで聞くのよ。
あなたって何でそう女心が分からないの!
「職人のみんなもお前がロリポップの店主夫人になるなら祝福するって言ってるんだ。さっきのセリーヌを守るために自警団の中に飛び込んでいった勇気も立派だったって、俺以上に乗り気になってるんだよ」
そ、そんな言い方したら、セリーヌが言ってた通り点数かせぎをしたみたいになるじゃない。
ホントにやめてったら。
「そ、その話はまた後で……」
セリーヌが部屋を出てからにして。お願いだから。
「いや、みんながすぐに聞いてこいって、ここに追いやられたんだよ。まったくせっかちなんだよな、あいつら」
いやいや、照れくさそうに頭を掻いてる場合じゃないんだって。
隣のセリーヌの抜け殻のような表情に気付いてったら。
「それにネロの顔の怪我、またヨハンにやられたんだろ? そんな家にお前を帰したくないんだ」
頼むからそんな男前な言葉をセリーヌの前で言わないで~!
「お姉ちゃん、そういうことだったの?」
ネロが尋ねた。
ネロには私がプロポーズされた話はしてなかった。
その話をする前に、ネロが家を出る事を拒否したのだ。
「だったらお姉ちゃんだけ家を出ていいよ。僕は残るから」
「そ、それはダメ! ネロを置いては行けないわ」
「どういうことだよ、レイラ」
順序立ててきちんと説明しようと思ってたのに、話がこんがらがってる。
「だ、だから、私はネロを置いて家を出ることは出来ないの。せっかくありがたい申し出だったんだけど、ケン、そういうことだから……」
「ち、ちょっと待てよ、レイラ! 断るっていうのか? 俺のプロポーズを!」
「ダメだよ。僕のためにお姉ちゃんが断る必要はないよ」
「あんた、貧民のくせに坊ちゃんを振るつもり?」
ひーっ。
三人一緒にしゃべらないで。
収拾がつかなくなってるじゃないの。
「わ、分かってるわ。こんないい話は、きっともう一生来ないんだって。貧民の私が断るなんてバカだって充分分かってるの。でも……。でも、ネロをヨハンのところに置いては行けないの。ネロを置き去りに私だけが幸せになれるとは思えないの……」
「レイラ……」
ケンは一言つぶやいてから考え込んだ。
「お姉ちゃん、僕のことはいいんだよ。お姉ちゃんは幸せになってよ」
ネロは私の袖をつかんで懇願する。
その顔はゆうべ殴られたアザと擦り傷で痛々しい。
本当は一人でヨハンの家に帰るなんて恐ろしいに違いないのに。
それでも勇気を振り絞って私の幸せだけを願う。
だからこそ。
だからこそ、こんなネロを置いて行けるわけがない。
「ネロ、お前は飴職人になるのは嫌なのか?」
ケンは、私ではなくネロに尋ねた。
「ううん。僕はやってみたいよ。大好きな飴を自分で作るなんて夢みたいだ」
「だったら、なぜ断る。なんで自分の道を自分で閉ざすんだ」
「だって僕がここで働いてることがお父ちゃんにバレたらケンに迷惑がかかるんでしょ? お父ちゃんとは縁を切らないとダメなんでしょ?」
「なるほど、そういうことか」
ケンは納得したように頷いた。
「別にバレたっていいさ。俺はそれも覚悟でレイラにプロポーズしたんだ」
ケンは私を見つめた。
「ケン……。それはダメよ。ヨハンのことは知ってるでしょ? 貧民街のあちこちの店で借金をしてるのよ。私とネロがここにいると知ったなら、きっとお金を借りにくるわ。せっかくアルフォード様の御用達になってこれから一流店として大きくなる大事な時なのに」
「金なんか貸さない。俺が追い払ってやる。レイラとネロには手出しさせない」
「でも……ヨハンみたいな酔っ払いがうろつくだけでも店の格が落ちるわ」
「そんな心配は俺に任せとけ。それよりもネロ、お前はここで飴職人として働いたとしたら、その給金をヨハンに渡すつもりなのか?」
「うん。だって、僕が渡さないとお父ちゃんは食べることも出来なくなって死んじゃうよ」
「それはお前が心配することじゃないだろう」
「で、でも僕のお父ちゃんだから……」
ケンはため息を一つついた。
「お前はヨハンとレイラのどっちが大切なんだ?」
「そんなの選べないよ」
「お前がヨハンに引きずられて不幸でいる限り、レイラも幸せにはなれない。お前はレイラを不幸にしたいのか?」
「ま、まさか! お姉ちゃんには誰より幸せになって欲しいよ」
「あのな、ネロ。世の中には二つ同時に選べない時がある。どちらか一つしか選べないものがある。今のお前にヨハンとレイラ、二人を幸せにすることは出来ない。どっちか一人は見捨てるしかない。お前の今の決断で一人は不幸になる。それは誰にも止められないんだ」
「そんな……」
「この場で選べ。ヨハンかレイラか。どっちもは無しだ」
「無理だよ、そんなこと……」
「迷う必要があるのか? お前のことを本当に愛して幸せにしようとしてるのはどっちなんだ? 考えなくても分かるだろう?」
「でも……お父ちゃんだって心の中では本当は……」
ネロは泣きそうになっている。
十歳の子供にそんな決断が出来るはずがない。
「ケン、ネロにそんな残酷な選択はできないわ。私ならいいの」
「俺は嫌だ。こんな納得のいかない振られ方で黙ってるわけにはいかない」
ネロも頑固だが、ケンも頑固だ。
この一方通行の話し合いに結論など出ないように思われた。
だが。
思いもかけない展開で、あっさり結論は出ることとなった。
バタバタと職人の一人が私達の部屋に駆け込んできて告げたのだ。
「大変です、ケン坊ちゃん。店にアルフォード様のご子息が来られています」
次話タイトルは「追っ手」です




