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ブス女ですけど転生して美少女になりましたの。ほほほ。  作者: 夢見るライオン
第一章 レイラ、マッチ売りの美少女になる
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6、取引き

 ヨハンはしばらくジュラルミンのケースをあっちに向けたりこっちに向けたり、叩いてみたり留め金を開けたり閉めたりして大騒ぎをしていた。取っ手を引っ張り出して「わっ!」と驚き、二つのコロを指先で転がし、真剣な表情でケースに耳をあてて中の音を聞いている。


 まるで大きな熊が初めて見る文明の利器に翻弄ほんろうされてるようだ。ちょっと笑える。

 だがもちろん笑ってる場合ではない。


「ひどいことをしたら中のものが壊れるわ!」


 私が叫ぶとヨハンは大事な宝石が傷ついては大損だと、丁寧に扱うようになった。

 だがさっきもみ合って散々振り回したから、化粧パレットが壊れてないか心配だ。

 絵の具は買ったばかりでしっかり箱に入れてたから大丈夫とは思うけど。


 私はそっと胸に手を当ててみた。


 良かった。


 服の中にネックレスのように下げた鍵があるのが分かった。

 ちゃんと鍵も一緒にこっちの世界に来たみたい。


 ふふん。その鍵は取っ手と一緒に特注で作ってもらったものなの。

 こんな木靴を履いている時代の人間に開けられる代物じゃないんだから。


「くそっ! このまま売っぱらってやるか。この銀のケースだけでも高く売れるだろう」


 私はヨハンの言葉にぎくりとした。それはまずい。


「そ、その中にはすごく貴重な宝物が詰まってるの。ケースだけで売ったりしたら大損もいいとこよ。絶対ダメよ!」


「……」


 ヨハンは不思議そうに私を見た。


「お前……この中身を見たのか?」


「そ、そうよ。目もくらむような宝物がたくさん入ってたわ」


 こうなったら嘘も方便。

 勝手に売られたりしたら困るもの。


 実際には宝物どころか、この時代の人間にはちょっと珍しい絵の具と化粧品だけど、ヨハンにとったら二束三文の品物だろう。


「わ、私なら開けられるかもしれないから返して!」


「お前……」


 ヨハンは首を傾げた。


「なんか今日は変だな? いっつも名前を呼んでも返事も出来ないような気弱な子供だったのに。人が変わったようだな」


 そりゃそうでしょうよ。人が変わったんだから。

 この子は……。

 そうね。ここがマッチ売りの少女の世界なら……。

 優しいおばあさんの夢でも見ながら天に召されたのかもしれない。


 このクソ親父のせいで。


 マッチ売りの少女とは……。

 幼児虐待の物語だったのね。

 今、知ったわ。


 いいえ。

 今、この瞬間から。

 これは虐待を乗り越え、幸せを掴み取る物語になったのよ。


 だって、私はとんでもない武器を持ってるじゃない。

 この美貌と、そしてこのジュラルミンケース。


「あなたはお金が欲しいのでしょ? 私にそのケースを返してくれたらお金を稼いできてあげる。そのマッチを売ればいいの? いったいいくらで売ればいいの?」


 私はヨハンに言い放った。


「はん。今まで全然売れなかったくせに何言ってやがる」


「当たり前でしょ! そんな安っぽいマッチをバラでどうやって売るのよ。マッチといえば箱でしょ? 入れ物でしょ!」


 私の時代ではすでにマッチ自体が骨董品の部類だけど、オシャレな小箱に入ったものは今でもコレクターがいた。実は美大に入ってすぐにマッチ箱の製作をテーマにした授業があった。その時マッチ箱の歴史を勉強して、私も一つ作り上げていたのだ。


「はあ? 箱だと? はははっ。笑わせるな! マッチを箱で売ってるやつなんか見たことがねえ。問屋が運ぶでかい箱のことを言ってんのか? そんな大量に買う客がどこにいるってんだ。寝ぼけてんじゃねえぞ」


 そうか。

 バラ売りしかない時代なんだ。

 まだオシャレな箱売りがない時代……。


 これはいけるかもしれない、と私は心の中でガッツポーズをした。


「とにかくそのマッチをお金に換えればいいんでしょ? いくらで売ればいいか言ってちょうだい!」

 私は腰に手を当てて、強気に言い放った。


「ほう、言いやがったな。じゃあこのかごに入ったマッチを明日の夕方までに1000ルッコラにしてこい。出来なければその銀のケースを売り飛ばしてやる」


 ルッコラ?

 聞いたこともない単位だけど。

 まあ、1000円ぐらいってことかしら? 

 だったら楽勝よ。


「分かったわ。その代わり明日の夕方まで私にもネロにも暴力はやめて!」


「はっは。いいとも。だがもし1000ルッコラ用意出来なければ、お前もネロもぼっこぼこに殴ってその銀のケースを金持ちに高値で売り飛ばしてやる。分かったな」


「ええ。分かったわ」

 

 私はまだこの時知らなかったのだ。

 このヨハンがどれほど性根しょうねの腐ったクソ親父なのか。


 まさか我が子さえもわなに落とすような外道だなんて……。


 酒ビンを出してきてテーブルで飲んだくれ始めた父親から離れネロのそばに戻ると、すでに彼は泣きそうな顔になっていた。


「お姉ちゃん、どうしてあんな約束したんだよ」

「大丈夫よ、ネロ。私に任せて」

「だって1000ルッコラなんていくらなんでも無茶だよ」

 

 ネロの青ざめた顔に、私はほんの少し不安になった。


「あの……ちょっと聞きたいんだけど、ルッコラってどれぐらいの価値なのかしら。例えばこのバラ売りのマッチ一本は普通いくらぐらいなの?」


「お姉ちゃんはいつもだいたい一本を1ルッコラで売ってたよ」


 ふむふむ。そして籠の中のマッチはざっと見て百本ないぐらいかしら。

 ……てことは……。

 100ルッコラの価値もないものを1000ルッコラで売れと?


 十倍じゃないの!!

 いたいけな美少女になんてふっかけ方をするのよ、このクソ親父!


 だ、大丈夫かしら、私。

 どうしよう……。



次話タイトルは「食事をください」です

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