19、ケンの反応は……
「こんばんは。ケンはいますか?」
私は試作品を持って、ロリポップを訪ねていた。
ロリポップに行く時は、エミリアのワンピースを着込むことにしている。
もう閉店しているとはいえ、ボロ服では入りづらい店だった。
「またあなた?」
店内の片付けをしていた女店員が迷惑そうに私を見た。
「試作品が出来たから持ってきたの。ケンを呼んで下さるかしら?」
「あなたね、自分の立場を分かってる? あなたは貧民。ケン坊ちゃんは平民。しかもこのロリポップの店主になる人なの。呼び捨てに出来る立場じゃないのよ」
「じゃあ何と呼べばいいの?」
「ケン様でしょ。それか店主様? ううん。口をきくのも失礼だわ。私が取り次ぐから、直接会う必要はないわ。なに? 試作品? 私が渡しておくから貸しなさいよ」
「でも……」
ケンの感想を直接聞きたい。
「早く出しなさいったら」
女店員は私が胸に抱えているブリキ缶に手を伸ばした。
「ちょっ……やめて下さい。これは私が直接見せたいの」
「貧民のくせに図々しいわね。貸しなさいったら」
「やめて! 服を引っ張らないで!」
袖を引っ張られてどこかでめりっと音がした。
エミリアのワンピースが……。
その時。
「何をしているっ!」
店内に低い声が響いた。
「ケ、ケン坊ちゃん……」
女店員が驚いて手を離した。
「な、何でもありません。この貧民がケン坊ちゃんに渡すものがあると言うから受け取ろうとしていただけですわ」
ケンは私に目を向けて尋ねた。
「そうなのか? レイラ?」
限りなく嘘だけど、今はそれよりも早く試作品を見せたかった。
「試作品が出来たの。ケンに見てもらおうと思って」
「もう出来たのか?」
ケンは驚いて私の手元を見た。
「ええ。実際はもう少し小さいサイズにすると思うけど、こんなイメージでいいかケンの意見を聞きたいと思って」
「見せてくれ」
ケンは手を差し出してブリキ缶を受け取った。
「これは……」
すぐに目を見開く。
私はドキドキとケンの言葉を待った。
スランは気に入ってくれたけど、ケンはどうか分からない。
思っていたのと違ったらどうしよう。
沈黙が続くとどんどん不安になる。
女店員はケンの横からブリキ缶を覗き込んで口をとがらせている。
しばらく黙ってブリキ缶を見つめていたケンがようやく口を開いた。
「すごい……。思ってた以上に素晴らしい出来だ」
私は両手を組んで目を輝かせた。
「ホントに? 気に入ってもらえた?」
「ああ。もちろんだ。ただのブリキ缶がこんなに芸術的な作品になるなんて思わなかった」
ケンはそっとブリキのフタを開けた。
「うん。開け閉めもスムーズだ。さすがスランだな」
なんだかんだ言っても、お互いの腕を認め合ってるのだ。
それから中を見て満足そうに頷いた。
「そうか。リボンってこういうことか。確かにただの小ビンを入れるよりリボンを付けた方がインパクトがあるな。それにこの包み紙は華やかでいい」
「二十個詰めてみたけど、ちょっとブリキ缶が大きくて隙間が多いでしょ? だからスランがもう少し小さめの試作品を作ってるの。こんな感じの絵でいいなら、次も描いてみるわ」
「ああ。そうしてくれ。絵柄はレイラに任せる」
ケンは珍しく私に微笑みかけた。
本心からの笑顔は初めて見たような気がする。
私はその笑顔に勇気をもらって、この前来た時に言えなかったことを言ってみることにした。
「あの……実はお願いがあって……」
「お願い?」
ケンの横で女店員が険しい目を光らせている。
「なんだ? 言ってみろ」
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※現在のレイラの所持金
前回残金 2550
ヨハンに三日分 ― 600
食費、湯宿代 ― 480
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1470ルッコラ
次話タイトルは「レイラのお願い」です




