表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブス女ですけど転生して美少女になりましたの。ほほほ。  作者: 夢見るライオン
第一章 レイラ、マッチ売りの美少女になる
5/384

5、君の名は

「早く入りやがれっ!!」


 私はヨハンに蹴飛ばされるようにして家の中に転がり入った。

 思わず手からこぼれたジュラルミンケースを追いかけ、地べたで抱え込んだ。


 隙間風だらけで、今にも吹き飛びそうな屋根が乗っかった小さなボロ家だ。

 部屋の中は端の欠けた木のテーブルと椅子が二脚。


 小さなかまどがあったが、干からびた鍋が無造作に置かれているだけだった。

 奥にもう一部屋あるようだが、暗くてよく見えない。


 そしてその部屋の手前に、膝を抱えて座る子供がいることに気付いた。

 

「あなたは……」


 小さな男の子だ。十歳ぐらいだろうか。

 美少女の私に似た金髪と青い目の愛らしい男の子。


 だけど……。


 その顔はほっぺが赤く腫れ、口の端が切れて血がにじんでいる。

 そして粗末なズボンから見えている足首は青滲んで、手にもたくさんの擦り傷が出来ていた。


「お姉ちゃん……」


 震えながら、か弱い声が呟いた。


 弟!


 そういえば美人の妹よりも可愛い弟が欲しいと願ったっけ?

 でもこんな切ない境遇なんて……。


「あなた、名前は?」


「え? お姉ちゃん、僕を忘れたの?」


「そ、そうなのよ。ちょっと頭を打ったみたいで」


「僕の名前はネロだよ、お姉ちゃん」


 ネロ!!


 なんて涙を誘う名前なの!

 私は親指と人差し指で目頭めがしらをつまんで溢れ出る涙をおさえた。


「かわいそうに。あのヨハンのやつにやられたのね」

 私は駆け寄ってネロの痛々しい頬に手を添えた。


「え、ヨハンのやつって……お父ちゃんのことをそんな風に言ったら怒られるよ」

 ネロは怯えた顔でささやいた。


「まあ、ネロ。お父ちゃんだなんて。あなたのような美しい少年には、そんな言葉遣いは似合わないわよ。お父さん……ううん、お父様と言った方が一層(おもむ)きが増すわね」


「お、お姉ちゃん、どうしたの?」


「ほらほら言ってるそばから。お姉様と呼んでちょうだい。それとも名前で……あら? そういえば私の名前は何かしら? まだ聞いてないわ」


「お姉ちゃん大丈夫? お姉ちゃんはレイラでしょ?」


「レイラ? え? 前世と同じ名前?」


「うん。お姉ちゃんが貴族みたいな派手な名前で失敗したって、僕はネロっていう地味な名前になったんだ」


 失敗って言うなあああ!


 ……ん? デジャヴ?

 前にもこんな会話があったような。


 なんか変なところだけ前の世界とリンクしてるみたい。


 考え込む私に突然ネロが叫んだ。


「あっ! お姉ちゃんっ!!」


 その顔は怯えたように私の背後を見つめている。

 私はハッと振り返った。


「おい、レイラ! その銀のケースをよこせ」


 ヨハンがゆらりと私の後ろに立っていた。

 私は青ざめてジュラルミンケースを両手で抱え込んだ。

 子供の短い腕では抱え込むだけで精一杯だ。

 だが、これは絶対渡すわけにはいかない。

 トラックに轢かれても離さなかった私の命なのだ。


「嫌です。これは私のものです」

「は? なに親に口ごたえしてやがる! さっさとよこせ!」


「あなたみたいな貧相な男は、この美男美女の姉弟の父親には相応しくありません」

「はああっ? 貧相だと? 誰に向かって言ってんだ」

「お、お姉ちゃん、ダメだよ……」


 ネロが震える手で私の袖を掴んでいる。

 かわいそうに。毎日このDV父に酷い目に遭わされてきたのだ。

 でも私が来たからにはこのクソ親父の言いなりになんてさせないわ。


「言うことを聞かないなら、こうだっ!!」

 ヨハンは、あろうことかこの美しい少女の顔に向かってグーで殴りかかってきた。


 私は思わずジュラルミンケースを子供の馬鹿力で持ち上げて防いだ。


 ガッッ!!


 と鈍い音が響き、ヨハンがこぶしの痛みにもんどりうっている。


 私は大事なジュラルミンケースにへこみがないか慌てて確かめた。

 良かった。こいつのパンチぐらいでは傷一つできなかったわ。ふん。


「お、お姉ちゃん、すごい……」

 背後ではネロが尊敬のまなざしで私を見ていた。


「昨日までは僕と一緒にここで泣いてるだけだったのに……」


 そうなのね。

 そりゃあ小さな子供にとったらあんな恐ろしい父親に勝てるなんて思わないものね。

 でも、私は体は子供でも心の中は二十歳の大人なの。

 いいように殴られるだけの人生なんてここで終わりよ。

 見てらっしゃい。


「このガキ……。許さん……」


 ヨハンは鬼の形相で再び私に向かってきた。

 この美しい顔に傷一つ付けるもんですか。カモン、クソ親父。


 しかし……。


 悔しいことに。


 心は二十歳でも体は子供だった。


 もみ合った挙句に、あっさりジュラルミンケースを奪われてしまった。


 うぬぬぬ。このクソ親父……。

 でもこの美しい顔だけは守ったわ。

 手足は擦り傷だらけだけど、顔には指一本触れさせなかった。


「ふんっ! 手こずらせやがって。素直に最初から渡せばいいんだ」


 それ悪党のセリフだから。

 こんなクズの悪党が父親だなんて……。


 神様、あんまりじゃないですか?



次話タイトルは「取引き」です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ