11、ロリポップの女店員
「じゃあ一個包んでみるわね」
何度もケンとスランの痴話喧嘩で脱線しながらも、適度な大きさにワックスシートを切って飴玉を包むところまで話は進んだ。
みんなが私の手元を見ている。
少し横長に切ったシートに飴玉をのせて筒状にくるむ。
そして両脇をくるりとねじると「おーっ!」という歓声が上がった。
いや、ただ飴玉を包んだだけなんだけどね。
そんな包み方を見た事がなかったのか、現物にひたすら感心している。
「飴玉の種類ごとに同系色の色を塗るといいんじゃないかしら。りんごは赤系、ぶどうは紫系、レモンは黄系で。水玉模様を散りばめて華やかにしましょう」
「出来そうか?」
「ええ。任せて。ただ……絵柄のくる位置を確認したいから、飴をいくつかもらっていってもいいかしら?」
「ああ。分かった」
その時、ちょうど女店員がお茶のセットを持って現れた。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
「ああ。そこの丸テーブルに置いていってくれ」
女店員は私と目が合うとキッと睨んで、客用の茶器のセットを丸テーブルに置いた。
私にお茶を出すのが気に食わないのだろう。
「そうだ。ちょうど良かった。お前、飴を二十個ほどガラスビンに入れて持ってきてくれ」
ケンは女店員に命じた。
「え? 二十個も?」
女店員は不満気に聞き返した。
「見本用に渡すものだ。詰めてみたらケースに入らないってことになったら困る。実際に詰めながらブリキのケースを作った方がいいだろう」
「そうね。そうしてくれると助かるわ」
「コンフェイトも一緒に詰めるんじゃないのか?」
スランが尋ねた。
「コンフェイトはこの小ビンに入れて一緒に詰めてもらおうと思う。これを持っていってくれ」
ケンはさっき持って来た小ビンを差し出した。
なるほど。
金平糖の小ビンとキャンディーの詰め合わせか。
これはメルヘンチックな可愛い贈答品が出来そうだ。
女性には絶対喜ばれるはずだ。
「そうだわ。ケン、この小ビンにリボンをつけてもいいかしら?」
絶対かわいい。エミリアに言ったら用意してくれるはずだ。
「リボン? ふーん。そうだな。その辺はレイラに任せるよ」
「ありがとう。きっと素敵なものを作るわ」
「……」
女店員はまだ突っ立ったまま、私を睨みつけていた。
「おい、何をやってる。早く飴を持ってこい!」
ケンがいつまでも動こうとしない女店員に怒鳴った。
「だって、この貧民の女にただであげるんですか? 理由をつけてただで手に入れようとしてるんだわ。騙されちゃダメです、坊ちゃん」
どうしても私を認めたくないらしい。
しかしケンはギロリと女店員を睨むと、ふんっと鼻をならした。
「俺がこの連中に騙されてると? 俺がこんな子供に騙されるほど、考えなしのぼんくらに見えるということか?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
女店員はケンに睨まれて青ざめた顔でうつむいた。
「お前は命じられたことだけやればいい。今度くだらない忠告をしたらクビにするぞ!」
「す、すみません。すみません、坊ちゃん。お許しを……」
「分かったらさっさと行け!」
「は、はい。分かりました」
女店員はうつむいたまま、焦った様子で部屋を出て行った。
なんとなくだけど……。
彼女はケンのことが好きなのかもしれないと思った。
「あの店員さん、まだ若いんでしょ? ケンと同じぐらい?」
彼女が行ってから、私はケンに尋ねた。
十三のレイラよりは年上だろうが、前世の二十歳の私よりは年下だと思う。
「さあ……。知らない」
「知らないって、一緒に働いてるのに?」
「売り子の年まで知らなくていいだろう」
「じ、じゃあ名前は?」
「名前? なんだったかなあ」
「え? 同じ職場なのに名前も知らないの?」
「いつもおいとかお前とか呼んでるから知らなくても困らない」
「そ、それはそうかも知れないけど……」
そういえば前世の野球部男もついに私の名前を覚えなかった。
おいとか、あんたとか、あとはブスって呼ばれた記憶しかない。
野球一筋に打ち込んでるのはいいが、野球以外のことにはほとんど興味がないようだった。
直子は辛うじて彼女として名前ぐらいは覚えていたが、野球の邪魔になると思ったらさっさと切り捨ててしまうようなやつだ。
そもそもなんで直子と付き合ったのかと思ったが、何かしらメリットがあったんだろう。
愛とか恋とか、そんな甘い雰囲気じゃなかったなあ。
特に女を男の付属品程度に思っているふしがあった。
そういう意味で美人の直子は付属品として価値があったのかもしれない。
だがブスの私は名前も知る必要のない無用の生き物だと思ってたのだろう。
このケンが野球部男と同じだとは断定できないが、系統は同じような気がする。
ロリポップに必要な人間は大事にするけど、必要じゃなくなったら簡単に切り捨てられる。
気をつけよう。
今の私には『ロリポップのケン』は必要な人間なんだから。
私もケンにとって必要な人間であり続けなければ。
前世の私のように名前さえ覚えてもらえない女店員が、ほんの少し気の毒になった。
次話タイトルは「王子様のハンカチ」です