9、似た者同士
「スランったら、さっきからなんでそんなに仏頂面なのよ」
ロリポップに行く前にスランを誘いに工房に寄った。
スランは私をひと目見て、しばらく絶句していた。
ワンピース自体は昨日から見ていたのだが、やっぱり服だけで見るのと着てみて見るのとでは全然違う。
「……」
すごい褒め言葉を期待していた私は、無言のスランに不安になった。
「え? どこかおかしい?」
もしかしてこの異世界には受け入れられないメイクだった?
知らず知らず、どこかにトリックアートをほどこしてしまってた?
美しさは万国共通だと思ってたけど、なにか違うの?
手元に鏡がないから分からない。
工具台の上にあったブリキのバケツに顔を映そうと、ツヤのある箇所に右から左から顔を近付けてみる。
「お、おかしくないよ。見違えるほど綺麗だよ」
「え?」
そう言いながらも、地面の石を蹴っていじけポーズのスランだ。
工房のおじさん達の方が声をかけてくれた。
「おお! 最近よく来てる嬢ちゃんじゃないか」
「どこの令嬢が来たのかと思ったぜ」
「衣装一つで変わるもんだなあ」
いつもはコソコソと妙なものを作っている私たちを見て見ぬふりなのに。
おじさんっていうのは美人には用もなく声をかけてしまうものなのだ。
前世でもこの異世界でも。
そうしておじさん達の美辞麗句を受けて、気分よくロリポップに向かっていた。
私は気分がいいが、スランはずっと仏頂面のままだ。
ネロも置いておけないので、一緒についてきていた。
ロリポップの閉店は早い。
主なお客様である貴族の令嬢は日が暮れる前に帰らなければならないからだ。
前世では門限十一時でも文句を言っていたが、この世界の令嬢の門限はだいたい夕方の四時だ。公式の晩餐会などは別だが個人的な用で夜に出歩くなんてはしたないのだ。
だからロリポップも四時ぐらいには閉店して次の日の準備に入る。
「本当に店に入っても大丈夫なのか、レイラ?」
「この間も飴を買おうとして追い出されたじゃない、お姉ちゃん」
「じゃあケンを呼ぶから二人はしばらくここで待ってて」
ロリポップに入ることに気後れする二人を置いて、まずは私一人で店内に入ることにした。
カランとベルを鳴らして店のドアを開けると、売り子がこちらを見た。
「お嬢様、申し訳ございません。今日はもう閉店でございます」
あの「汚い」と私を追い出した店員だ。
ケンにいろいろ告げ口した女の人だ。
まだ私だと気付いてないみたい。
お嬢様だって。うぷぷぷ。
「お客ではないの。ケンを呼んで下さるかしら?」
「え?」
女店員は驚いたように私をまじまじと見た。そして……。
「あっ!」
何かに気付いたように大声をあげた。
「あなたは……貧民の……」
目を丸くしてあんぐりと口をあけている。
「今日はケンと約束してますの」
「な、なんであんたがケン坊ちゃんと……」
「それはあなたに話すことではないですわね」
つーん、つーんと顎をあげて言ってやったわ。
しかし女店員はムッとして言い返した。
「ど、どこでそんな衣装を盗んだのか知らないけど、貧民嫌いのケン坊ちゃんがあんたなんかを店に呼ぶはずがないわ。待ってらっしゃい、坊ちゃんを呼んでくるから!」
女店員はダッと店の奥に走っていった。
盗んだって失礼ね!
ケンを呼べばはっきりするんだから。
自分が間違ってたって恥をかくんだからね。
そしてすぐに女店員はケンを伴って店内に戻ってきた。
「ほら、あの貧民の子です。見て下さい、ケン坊ちゃん。どこかで服を盗んできたんですわ。あんな高価そうなワンピースを貧民が買えるわけがないもの」
ケンは女店員にまくし立てられて、店内にいる私を見た。
そして目を見開いた。
ケンは変身した私を見て、どんな言葉をかけるだろうかとわくわくと待つ。
「なんて美しいんだ、レイラ」
いや、そんな軽薄な言い方はしないか。
「あ、あんまり綺麗で誰だか分からなかったよ」
照れて真っ赤になって……ってタイプじゃないわよね。
「悪くないんじゃない?」
そっぽを向いてツンデレ風に……言うわけないか。
待ちながらいろいろ想像してしまったじゃない。
早く何とか言ってよ。
極上の褒め言葉プリーズ。
「……」
え? 無言?
もしかしてどこか変?
知らないうちに鼻水でも垂らしてた?
鏡を持ってないから分からないんだって。
私は飴の入ったガラス瓶の銀のフタの光ってる部分に右から左から顔を寄せてどこか変なところがないか確かめた。
「ケン坊ちゃん、自警団に突き出しましょう。営業妨害どころか窃盗ですわ。私が呼んできましょうか」
何も言わないケンに、女店員が勝ち誇ったように言った。
え? うそ、まさか。
そんなことしないわよね、ケン?
女店員が意地悪く微笑んでいる。
う、うそ。なんとか言ってよ、ケン。
そうしてようやくケンは口を開いた。
「彼女を呼んだのは俺だ。これから一緒に仕事をすることになった。だから失礼のないようにしてくれ」
「え? ご冗談ですよね?」
女店員は唖然としてケンに聞き返した。
「大事な仕事仲間だと言っている。奥の部屋で打ち合わせをするからお茶を出してくれ」
「で、でも……」
「何度も同じことを言わせるな! 二度と彼女に失礼な態度をとるな!」
「は、はい……。ケン坊ちゃん」
女店員は唇をかみしめ、悔しそうに私を睨んだ。
ほ、ほら、ごらんなさいよ。
ふう~。良かった。自警団に突き出されるのかと思ったじゃない。
それにしても……。
私の大変身にも褒め言葉はなし?
スランとおんなじリアクションって。
似た者同士って本当だったんだ。
いや、そんなつまんないとこ似なくていいから。
次話タイトルは「犬猿の仲の二人」です




