8、勝負服と魔法のメイク
新調したワンピースはスランの工房に置かせてもらって家に帰った。
本当は一刻も早くこのボロボロのワンピースを脱いで着替えたいところだけど、真新しいワンピースを着てヨハンのところに帰ったりしたら何を言われるか分からない。
こんな高そうな服をどうやって買ったのかと勘ぐられる。
お金を隠し持っていることがバレたら全部奪われてしまうだろう。
へたをしたら高価なワンピースは脱がされて売り飛ばされてしまうかもしれない。
前世の私なら「そんなひどい親がいるわけないじゃない」と笑っただろうけど、今の私は充分ありえる現実だと思っている。
最近のヨハンは毎日200ルッコラ受け取ることにも慣れてきて、だんだん図々しくなってきていた。ゆうべだって「もっと高く売れねえのか」と酒臭い息でからんできた。
もっと高くと言いながら渡すマッチの数は同じなのにその矛盾には気付かないらしい。
マッチは売るひまがないままに、川べりで絵を描く時の焚き火に使っていた。
これが結構暖かくて、ホットミルクを作るのにも役立っている。
そういうわけで……。
「ふふふ。ふふふ」
「うふふふ。うふふふ」
「お姉ちゃん、なにをさっきから笑ってるの?」
ネロの声が仕切りの向こうから聞こえてきた。
「な、なんでもないのよ。ネロはいいからしっかりお湯に浸かって温まりなさい」
昼一番でジョルジュの湯宿にきていた。
毎日入りたいところだけど、三日に一回でがまんしている。
それでも貧民街ではトップレベルの綺麗好きだ。
そして今日は新しいワンピースを初めて着る日。
ピカピカに洗った体で着たいじゃない。
入念に体と髪を洗って、服を着込んだ。
「すごい。ぴったり!」
裾と袖口には多少のゆとりがあるものの、体にぴったりフィットした。
「おお! 嬢ちゃん、大変身したじゃねえか」
個室から出て来た私にジョルジュが声を上げた。
膨らんだ袖と長くゆったりとしたロングスカート。
パニエでボリュームをつけたスカートは歩くたびふわりと揺れて優雅だ。
白いエプロンはレースを付けられないワンピースの代わりにフリルたっぷりに縁取って、後ろでリボン結びにしている。
貧民が着ることのできる最高級のワンピースに違いない。
平民でもここまでの服を着ている子はあまりいないと思う。
「素敵なワンピースでしょ? 友達に仕立ててもらったの」
「おう。貴族の令嬢かと思ったぜ。よく似合ってる」
「本当に?」
残念ながらここには鏡がない。
「すごいすごい! お姉ちゃんお姫様みたいだ!」
ネロのお姫様みたいは女性への最高級の褒め言葉だ。
「でもね、まだまだこれからよ。ここから魔法をかけるの」
「魔法を?」
ネロがわくわくと目を輝かせている。
「そうよ。さあ、川べりの私の工房に行くわよ」
工房と言ってもただの岩陰だけど。
すっかり私とネロの隠れ家のようになっている。
久しぶりのお化粧。
アンナには毎日こっそりしてるけど、この顔にするのは初めて。
ずっとこの奇跡のように整った顔に化粧をしたくてたまらなかった。
でも化粧をするには肌の表面が傷んで、唇はガサガサに乾燥していた。
毎日美容液と薬用リップで丁寧な手入れをして、ようやく完璧に近い状態になったのだ。
まずは化粧水をつけてから肌の色を整える。
十三才の子供の肌は、リキッドファンデなんかを塗りたくると却って不自然だ。
ただ慢性栄養不足だったせいか目の下に、ほんのりくまができている。
コンシーラーまでは必要ない。ファンデをほんの少しのせるだけで充分だ。
あとは顔色の悪さをピンクのチークでぼやかす。
それだけで健康的な少女の顔色になった。
「ああ、美少女っていいわね」
しみじみ呟いた。
前世の私は二十歳だったから肌はまだまだ若々しくて、ここまでの手順はさほど変わらない。
でもここからが大変だった。
透明なフェイスリフトテープとアイプチの糊とつけまのボンドを手に壮大な工作が始まる。そこからテープを隠すためにリキッドファンデを塗りたくり、トリックアートのシャドーと四十八色パレットで全身全霊のお絵かきタイムだ。
どんなに急いでも一時間はかかった。
それでも全然満足できるものではなかったのに。
「すでに完成してる……」
手鏡で見た顔は、すでに完璧な美少女だった。
これ以上余計なことをしたら、却ってこの透明感を失ってしまう。
アイラインを引いて、ビューラーでまつ毛を上げて、薄いピンクの口紅を塗れば完成。
それ以上は蛇足でしかない。
ものの五分で終了してしまった。
まだうずうずと物足りない手先で、長い金髪を丁寧に梳かしてベビーオイルで膨らみを抑えると、天使の輪がいくつも出来ていた。
自分でもうっとりとするほど美しい。
黄金比はこの顔を基準に計算されるべきだ。
このまま夜まで眺めていても飽きない。
この美しさをおかずに白飯百杯はいける。
(ああ、幸せ……)
少しばかり苦労は多いけど、この瞬間があれば何でも耐えられる気がする。
「お姉ちゃん、きれい……」
ネロも頬杖をついてうっとりと眺めている。
正直でいい子ね、ネロ。
「さあ、勝負服とメイクは整ったわ! ロリポップに乗り込むわよ。ボロ服の貧民なんて言われて不利な条件を呑まされたりしないわ。貴族のような言葉遣いと品性を醸しだして商談を有利に進めてみせるわよ。ふふふ。ふふふ」
お姫様の出てくる物語なら前世でさんざん読み耽ったの。
貴族の振る舞いなら任せてちょうだい。ふふふ。ふふふ。
「お姉ちゃん、綺麗だけどちょっと悪い顔になってるよお。怖いよお」
ネロは不安そうに呟いた。
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※現在のレイラの所持金
前日残金 4370
ヨハンに渡したお金 - 200
食費 - 30
湯宿 - 360
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3780ルッコラ
次話タイトルは「似た者同士」です




