31、エミリアの素性
「では、こうしましょう」
なけなしの400ルッコラを差し出す私に、エミリアは少し考えてから申し出た。
「この400ルッコラで下着を買って下さいませ。そうすれば売上げがあったということで店主さまに怒られずにすみます。実は今日は一人もお客様が来なくてどうしようかと思っていました」
「お客様が来ないことまで怒られるんですか?」
この小さな少女のせいではないのに。
「私はあまり売り子に向いてないようです」
エミリアはしょんぼりと小さな声で呟いた。
確かにこんなに誠実で人がいいと、この異世界では足元ばかり見られそうだ。
「本当は服をデザインしたり縫う方がやりたいのですが、まださせてもらえません」
「もったいない。あなた才能があるのに」
私が言うと、エミリアはぱあっと明るい顔を上げた。
「そんなこと初めて言われました。私は決まった型をついはずしてしまったり、刺繍やレース編みも勝手にアレンジしてしまって全然ダメだって店主さまに怒られてばかりなのです」
いやいや、天才にありがちな独創性でしょう。
この才能を伸ばさないなんて、ここの店主はバカじゃないの。
「じゃあ私があなたにオーダーするわ。私のワンピースはあなたが作って下さい」
「え? 私が? いいんですか?」
エミリアは身を乗り出すようにして尋ねた。よほど作ってみたかったらしい。
「ええ。あなたにお任せするわ。お金はあまりないけど」
あまりというか現時点で40ルッコラしかない。
いや、でも十日後にはナンシー嬢に水差しを作って10000ルッコラ手にする予定だ。
他にも飴玉ケースを毎日十個は売るんだもん。大丈夫!
「ではあの……店主さまに言うと許可してもらえないと思いますので、処分する端切れを使ってこっそり作ってみてもいいでしょうか?」
「処分する端切れ?」
「はい。お客様のワンピースを作る際に、どうしても使いきれない端切れが出るのです。処分するように言われてますが、私はどうしてももったいなくて、こっそり取り貯めているのです。お嬢様のように痩せた小柄な方なら、それで充分ワンピースが作れると思います」
「じゃあ生地代は……」
「いりません。糸とフリルやレース代ぐらいで済みます」
「いいんですか?」
「はい。作らせて頂けるだけで私は幸せなのです」
夢見るようにつぶらな瞳を輝かせている。
なんて謙虚でかわいい子なんだろう。
私はエミリアが大好きになっていた。
こうして思いがけなくワンピースを作ってもらうことになり、400ルッコラで主にネロの暖かい下着を買って店を出た。
もらったパニエは店内でスカートの中に着込んだおかげでずいぶん暖かくなった。
貧相なスカートも少しふくらんで、多少見栄えが良くなった気がする。
「エミリアは元は貴族の令嬢だったんだ」
「えっ?!」
スランの言葉に私とネロは驚いた。
「だ、だって平民のワンピースだったし……」
型としては貧民でも着ることのできるワンピースだった。
「父親の伯爵がなにかアルフォード様を怒らせることをしたらしい。牢屋に入れられて財産はすべて没収されたんだ。母親と子供たちは命だけは助けてもらえたけれど、日雇いで働いて貧民区で貧しい暮らしをしているみたいだ」
「そんな……。あんないい子なのに」
「しょうがないさ。この領地でアルフォード様を怒らせたら死ぬしかない。でもエミリアたちは父親の無実がいつか証明されることを信じて必死で生きてるんだ」
なんて不幸な身の上なんだろう。
最初から平民や貧民だったよりも、貴族の暮らしを知っている者の方が貧しさは身にしみる。
それはまさに私が感じている苦しみと同じだ。
なおさらエミリアに親近感がわいた。
「だからあんなに言葉遣いが綺麗なのね。とても利発そうだし」
「うん。貴族さまの知り合いってのがいないから分からないけど、やっぱり育ちがいいって違うんだなってエミリアを見るたびに思うんだよな」
「可愛い人だったね」
ネロも気に入ったようだ。
「でもレイラにも最近同じようなものを感じるんだよな」
スランは不思議そうに言った。
「え? 私?」
前世では貧乏ではなかったけど、大金持ちのお嬢様でもなくド平民だったのに。
「なんていうか貧民の卑屈さがないっていうのかな」
まあド平民だったけど貧民ではなかったから身分で自分を卑下することはないかもしれない。
美醜ではずいぶん卑下していたけれど。
「エミリアの綺麗な言葉遣いにも怯むこともなく同じように丁寧な言葉も使えるしさ。平民相手でも大人相手でも堂々としてるだろ? なんか凄いなって最近思うんだよな」
そりゃあ前世ではド平民でも一般的な敬語ぐらいは話せるし、もとが二十歳の私としては大人に怯むこともない。むしろきちんとした教育を受けてないこの異世界の大人たちの方が子供っぽく見えてしまう。
前世では学校って行く必要ある? って思ったこともあるけど、皮肉にもこの世界に来てからはそのありがたさが身に滲みる。
もっともっと石鹸の作り方とか、絵の具の作り方とかマニアックに勉強しておけば良かったと後悔さえしている。
絵の具もメイク道具もいつかは使い切ってしまう。
使い切る前に補充する方法を見つけなければ。
でもまずは……。
「さあ! 用事は済んだことだし、じゃんじゃん稼ぐわよ! スラン、工房に戻って仕事よ」
「おお! 一緒に金持ちになろうぜレイラ」
私とスランは貧しくとも希望に溢れていた。
次話タイトルは「ロリポップ店員、ケン」です