3、転生先は美少女?
「?」
トラックに轢かれたはずの私はあまりの寒さに目を覚ました。
「さ、さむっ!!」
大出血すると体温が下がって寒くなるというから、どこか怪我をしてるのかもしれない。
あの大きなトラックに轢かれたのだから、腕の一本、足の一本ぐらい飛んでいってもおかしくない。全然痛みは感じないけど……。
いや、そんなことより……。
私のジュラルミンケースッ!!!
なんと、それは寝転びながらもちゃんと腕に抱えていた。
良かったあああ。
すごいじゃない、私。
トラックに轢かれながらもケースだけは手放さないなんて。
しかも腕に抱えているということは、両手は無事だったみたい。
良かった。これでメイクと絵を描くことはできるわ。
じゃあ足が轢かれちゃったのかしら。
そういえば足先がさっきから痛い。
横たわったままそっと足先を見ると、思ったよりも近くに足先が見えた。
あれ? 足が短くなった?
いや、そういえば腕も短い?
ふとそんな考えがよぎったものの、それよりも先に大問題。
いやだ。靴履いてないじゃない。道理で寒いと思ったわ。
事故で飛んでいっちゃったのね。
もう片っぽの足は……。
ああ。ちゃんと木靴を履いてるわ。良かった、良かった。良かっ……ん?
木靴?
靴が木で出来てるってどういうこと?
私は確か黒のスパッツをはいて、黒のパンプスを履いてたはず……。
あれ? ちょっと待って?
赤いスカートが見えるんだけど。
茶色のエプロンに茶色のボロ服?
いや、これ絶対もとは白かったよね? いつから洗濯してないの?
赤いスカートにもあちこちに継ぎはぎがあるけど……こういうファッション?
いやいや、私はそんなダサいセンスしてないわよ。
一体誰が着替えさせたの? ああ、病院の手術着?
……んなわけないよね。わざわざこんな手当てのしにくい不衛生な服に着替えさせるなんて。
それに……。
そこは病院の中でも救急車の中でもなく見えているのは……。
異国のレトロな街並み。
通り過ぎる馬車。
石畳の道の脇に積もる雪。
雪? 確か今は七月だったはず……。
ちょ……ちょっと待って。
落ち着いて、私。
ジュラルミンケースを大事に胸に抱えたまま、体を起こす。
「おお、生きてたぞ」
「なんだよ、死んでるかと思ったぜ」
私が動くと同時に、景色が動き始め、間近に声が聞こえた。
今頃気付いたけれど、私は大勢の人に取り囲まれていた。
石畳に転がっていた私に気付いた人々が、死んでるのかと思って集まってきたらしい。
その人々を見て、私はしばし無言になった。
「……」
外人? 金色や焦げ茶の髪色に、目の色は青に緑。
日本人が見当たらない。
おまけに古くさい恰好の大人たち。
男の人はスリーピースのスーツっぽいけど、パンツの丈が膝までで裾がしぼってある。その下に白いタイツみたいな靴下と先のとがった革靴を履いている。しかも肩からマントみたいな布っきれをたらしていた。
ぷぷっ。ダサくない? 今どきそんな恰好で歩いて恥ずかしくないの?
キュロットパンツのスーツ? しかも白タイツの靴下って。
それにマントって。マントって。どこに売ってるのよ、それ。
女の人がこれまた変てこりんで、腰をキュッとしぼったタイトなドレスなのにお尻だけ風船を入れたみたいにこんもりと大きく突き出している。
ぷぷぷ。やだ、腰になに入れてるのよ。だっさ。
髪の毛も高く結い上げて、小さい帽子みたいなのを飾っている。
いや、それだいぶ前にギャルの間で流行ってたけど。
いい大人がすました顔でそのセンス。
おっかしい。吹き出してしまいそうなんだけど。
「嫌だわ、この子笑ってるわよ」
「こんなところで寝そべって人騒がせな」
「見ろ。擦ったマッチが散らばってるぞ」
「子供が火遊びしてたの? なんて悪い子かしら」
「どこの子? 親に突き出して注意すべきだわ」
あれ? なんか雲行きがあやしい。
子供? 子供って誰のこと?
マッチって?
私はキョロキョロとあたりを見回して、脱げた木靴と、そのそばにたくさんのマッチの擦りカスが落ちているのを見つけた。その横には籠に入ったマッチの束もある。やけに棒の長いマッチだ。
「ち、違います! これは私のじゃありません」
しゃべった。
しゃべったけど私の声じゃない。
高く澄んだ子供の声だ。
「オレはその子がマッチを売ってるのを見たぜ」
「そうだ。いつもここでマッチを売ってるヨハンのとこの娘だ」
「なあに? 嘘をついたの? やっぱり悪い子ね」
「ヨハンを呼んでこい。悪い子はきちんとしつけるべきだ」
え? ヨハンって誰?
それに皆さん外人のくせに日本語が上手ですね。
なに? 劇団の練習かなんかですか?
でも私はこの通りのブスですので、劇では人間の役は回ってきたことがないんですが。
ほら、この通りのトリックアート顔で……。
私は立ち上がって、背後のショーウインドウに自分の姿を映した。
そして……。
「!!!」
そこに映る姿に驚愕した。
「あれ? え? どういうこと?」
ショーウインドウには、長い金髪と青い瞳の、それはそれは美しい少女が立っていた。
次話タイトルは「どんな境遇でもかまわないとは言ったけど」です